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連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】  15話「対面」(3)


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15話「対面」(3)


 夕方のロッカ亭。

 ミリア、エレーネの客室で支度が進んでいる。王妃にお目見えできるクラスの令嬢のお出かけ着に相応しいドレスがこの街には揃っていた。お見舞いなので派手な色は避け、えんじ色のお出かけ着に身を包んでいる。髪はロベリアが作ってくれたウィッグをつけて整え、そして化粧を施している最中だ。すべて、エレーネによるものだ。エレーネも女官らしく、シックな装いに身を包んでいる。

「エレーネ、本当に何でもできるのね…。私がお化粧してあげてもよかったんだけど、どうしてもド派手な夜メイクになっちゃうから」

「ええ、大丈夫よ。人にしてあげることも多かったの」

 そう微笑んで、ミリアのスタイリングを進める。エレーネが少しだけ懐かしそうな瞳になったことに、ミリアだけが気付いた。

「ミリア、『お行儀の悪い歩き方』が身に染みつきすぎてしまっていない?」

「そうね、ナイフちゃん。気をつけないといけないわ。コルセットも久しぶり」

 ミリアも微笑むが、やはり少し元気がない。ナイフは肩をすくめて嘆息すると、部屋の外で控えている男性陣の方へと向かう。

「もう2人ともお着替えは終わっているから、中に入って大丈夫よ」

「ナイフちゃんも『男装』完了しているね」

 リカルドが楽しそうにナイフを見る。貴族の護衛らしいシックなジャケットスタイルだ。チャコールグレーの色調は、普段のナイフなら絶対に選ばないカラーだろう。外で待機しているディルムッドも、すでに騎士団の制服を身につけている。サイズが合っていないようで、少し窮屈そうだ。

「ちょっと地味じゃないかしら?」

「ナイフちゃんのセンスのまま選んだら、ご令嬢よりも目立ってしまうよ」

 そう笑うと、「さて、王女様のご尊顔を拝もう」と先に部屋に入るリカルド。ディルムッドは申し訳なさそうにナイフに依頼する。

「ナイフ…。あとは、できれば帯剣もお願いしたい。ミラニアの戦士としては、不快かもしれないが……」

「大丈夫よ。ただ、実際に何か戦闘が起こってしまったら剣を放り出すけどね、ふふ」

「……」

「ご心配ありがとう。お貴族様の護衛に、さすがに丸腰ではありえないものね」

 そう言い放つように口にするナイフに、ディルムッドが尋ねた。

「……前々から思っていたのだが、ナイフは貴族のことを、あまり快くは思っていないようだな。言葉の端々から、そのような感じが……」

「あら、にじみ出てた? でも、大丈夫よ。同じお貴族様でも人によるって分かっているから。たまーに『フローラ』に貴族の方がお忍びで来たりもするしね。金払いが良いから、大歓迎よ」

「何か、嫌な思いをしたことがあるのだろうか?」

 心配そうに訊いてくるディルムッドに、ナイフは肩をすくめる。

「まあ、一般市民が貴族を羨むのは当然じゃない? 何せ、生まれた家がちがうってだけで暮らしもお金も全然違うし、それに…」

「……?」

「戦乱中だと、上官はだいたい、貴族でしょ?」

「あ、ああ。そうだな」

「ああいう戦場の現場って男しかいないし、『夜』は私みたいな特性の人物ってとっても『便利』らしいのよ。それで、いろいろね」

「……」

「うまく隠そうとしても、どうにも鋭い人にはバレちゃうのよね、不思議だわ…」

 ディルムッドの表情が険しくなる。しかし、戦場でその『処理』をどうするかは、軍の士気や風紀を左右しかねない割と重要な問題ではあるのだ。ナイフは慰めるような微笑みを浮かべた。

「ああ、ゴメンナサイね、変な話。別に乱暴されたりひどい扱いを受けたわけではないから、気にしないで」

「いや、しかし、あなたの尊厳に関わることだろう。それは、ア王国軍でか? それとも帝国軍のときのことか?」

「……どっちもよ。国が変わったって、その辺りは変わらないのよ。あなたみたいなお坊ちゃまが上官なら、違ったんでしょうけどね。だから、気にしないで。」

 ナイフは口元に笑みを残したまま、視線を遠くに遣った。時空の先を見ているような目線だ。が、階段の方に声をかける。

「あら、ゴナン。お帰りなさい。図書館は楽しかった?」

「うん、ただいま、ナイフちゃん……」

 そう応えながら戻ってきたゴナンだが、表情に覇気がない。

「ゴナン。お姫様のお支度が仕上がっているわよ。やっぱり流石のお姫様よ。見て行きなさいよ。眼福よ」

「……うん…」

 ゴナンは目線を下げたまま、ナイフに誘われるままにミリア達の個室へ入っていった。元気のない様子に、顔を見合わせたナイフとディルムッドも続いて、部屋へと入っていった。

「ゴナン、お帰りなさい。でも、もうすぐわたくしが出発だわ」

 部屋に入ってきたゴナンに、そう声をかけるミリア。ゴナンはその姿を見てはっとする。

「……ミリア、別人みたい……」

「そうかしら? いつものお洋服とは全く違う雰囲気だものね」

 微笑むミリア。シックな色合いとデザインとはいえ、高級な生地を使った仕立てのよいドレスに、ウィッグで髪を結い上げている。すっと背筋を伸ばした姿勢も流石だ。ドレスもヘアスタイルもミリアによく馴染んでいる。というよりもむしろ、こちらの方がミリアの真の姿に近いのだが。リカルドは例によって、このミリアのドレスを仕立てた縫製家や生地の素晴らしさを長々と話しているが、誰も聞いていない。

 ゴナンはさらに、エレーネを見て(そしてすぐに顔を少し赤らめて目線を外し)、ナイフを見て、ディルムッドを見る。

「ナイフちゃんも、いつもとは全然違う雰囲気だけど、『男装』もカッコいい」

「ふふ、ありがとう。でも、ちょっと地味じゃないかしら?」

「ディル、それ、騎士の服? カッコいいな」

「私は城ではずっとこの装いだったから、見飽きてしまっているよ」

 そう微笑むディルムッド。「もう二度と着ないと思っていたが…」との言葉を、しかし口には出さず飲み込む。ゴナンはディルムッドとナイフの周りをウロウロと周りながら、惚れ惚れと見ていた。しかし、ミリアの方にはあまり近寄らない。ナイフが気を使って声をかける。



「ゴナン。せっかくのミリアのおめかしよ。もっと近くで見てあげなさいよ」

「……」

「ゴナン? どうしたの? ウキの街でもおめかし姿を見たじゃない」

「……うん…」

 ゴナンは少し遠くからミリアを見る。ウキの街のおめかしも可愛らしくミリアに似合ってはいたが、田舎街の田舎くさい装いだった。しかし今回は『本物』だ。本当にいつもとは別人のようで、近寄りがたく感じてしまっているのだ。エルダーリンドの街でゴナンを蔑んだ子爵令嬢なんて、比べものにもならないオーラだ。

(……王女様って、こういうことなんだ…)

 ゴナンは、「キレイだよ」と小さく呟いて、しかしうつむいてしまった。

(……俺は…。ただ逃げてきただけの、国の隅っこの小さな人間で、本当はこんなに、普通に話したり、旅したりするのも…)

「ゴナン、どうしたの?」

 ゴナンの沈んだ様子に、リカルドが心配をして声をかけてくる。ゴナンは「何でもない」と首を横に振り、そして自身の客室へと戻っていってしまった。

「……?」

「リカルド、ゴナン、どうしたの? まさか熱が出てきたのかしら?」

「……! あ、そうか。そうかもしれないな。まあ、あとで様子を窺ってみるよ」

 そうしてミリアに、街で購入した帽子を差し出す。

「さ、ミリア。これでお顔を隠してね。周りにヴェールが纏わせてあるから、完全にお忍びのご令嬢の完成だよ」

「ありがとう、リカルド」

 そうして帽子を被ると、外からは顔かたちはうかがい知れなくなる。と、ディルムッドは窓の外に目を遣った。

「……迎えの馬車が来たようだ。それでは参りましょう。ミリア様、エレーネ、ナイフ」

「オッケー。ここから凛々しい護衛の振りね」

 ナイフが少し楽しげにしながら、普段のディルムッドと同じようにビッと気をつけをした。そして、低い声で凛々しく声をかける。

「では、参りましょう、王女殿下」

「まあ、ふふっ。ナイフちゃん、かっこいいわ」

 そう笑いながら、3人に伴われてミリアは部屋を出る。1階に降りると、正面には豪華な馬車が着けられていた。普段乗っている幌馬車とは全く違う、貴族仕様だ。ミリアとエレーネ、ナイフがしずしずと乗り込み、そしてディルムッドは脇の軍馬に騎乗して馬車の背後に付いた。馬がいななき、出発する。

 宿の自室の窓から、ゴナンはその出立の様子を見送っていた。よく分からないが豪華な装飾が施された、高級そうな馬車。すぐ階下にあるのに、ゴナンにとっては、きっと一生近づくことができない、遠い遠いものに見えていた。



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