■再掲■ 連載小説「オボステルラ」 【第一章 鳥が来た】 6話「掘り起こす」(2)
6話「掘り起こす」(2)
夜、南の空には彼方星。相変わらず雲一つ無い。
その空と星の下、テントの外でリカルドとアドルフが、今日の出来事について語り合っている。ゴナンもその横で話を聞いていた。今日はお酒は飲まないようだ。
「…学術的な裏付けや論理的な説明よりも、占いの方が信じられるんですね」
「まあ、こんなものですよ、この村では」
原因がある事象は理解しようとしないが、原因がわからない不思議な事象には理解を示す。そんな今日の反応を、リカルドはとても興味深く感じていた。いや、鳥を見た者に不幸が訪れるだの、卵を得た者の願いが叶うなんて伝承も、根本はそういうことなのかもしれない。
(そうなると、やはり伝承は伝承でしかなくて…?)
「…明日は、占い師の服装をするの?」
ゴナンが、楽しそうにリカルドに話しかけてくる。
「ゴナン、あのとき笑ってたね…? 気付いてたよ」
「ふっ、だって、なんだか急に占い師っぽく振る舞い始めるから、くくっ…!」
たまらず思い出し笑い。ゴナンと出会って数週間が経つが、一番の笑顔を今日見たかもしれない。
「ゴナンは、占いは信じないの?」
「うーん…」
ゴナンはアドルフの方をチラリとみる。
「…兄ちゃんがいろいろ教えてくれていなかったら、信じていたかもしれないけど…」
アドルフはリカルドと目線を合わせる。
「まあでも、俺が信じようが信じてなかろうが、関係ないかな。結局、水は出るときは出るし、出ないなら出ないし」
「そっか。占いとか、言い伝えとか、信じたいとは思わない?」
「信じて、腹が満たされるのなら信じたいけど、多分、そうじゃないから」
村の人々とこちらの家族とは、現実の捉え方が根本的に違うのだと、リカルドは改めて感じた。
「…ところで、お屋敷の方は、何か妨害をしてくるでしょうか?」
「いや、恐らくそれはないでしょう」
リカルドは懸念をアドルフに尋ねたが、あっさり否定した。
「前に兄も言っていましたが、お屋敷の外のことと中のこととは、何の関わりもないのです、あそこは。気にはするかもしれませんが、特にリカルドさんが関わっているとわかれば、何かをしてくることはないと思います」
「そうですか…」
リカルドは、よいしょ、と横になって星空を見上げた。
「雨が降らないから井戸を掘る、それで水が出たら命が助かる。それだけのシンプルなことなんですけどね」
命の危機すらある中で村人達が何を恐れて、何を否定したがっているのか、その像がリカルドには全く見えなかった。
* * *
翌日からも問題なく、井戸掘りは進められた。ただ、少し状況が変わった。
噂を聞いた村の人々が「占い師」リカルドに、様々な相談事を持ってくるようになったのだ。無下にもできず、何となくそれっぽくアドバイスをしていると、さらに人が人を呼ぶ。井戸掘り現場は集落からは少し離れており、まともに食べていない人々が体を引きずってやってくるものだから、結局リカルドは数時間、集落の中心部に滞在することになった。
(僕が占い師のまねごとをするなんて、何の因果か……)
リカルドは自身の故郷を思い出していた。そこにも占いを生業とする婆がいたのだ。
「人手が必要なときなのに、申し訳ない」とリカルドは兄弟達に謝るが、そもそもこの状況はアドルフのせいだったような気もする。
「いやいや、もう穴も狭くなって、同時に動ける人数に限りがあるし、問題ないですよ。勝手がわからないこともあるかもしれませんから、アドルフを連れて行ってください」
オズワルドが笑顔で2人を見送った。
人が隠れるほどには穴が深くなってきたが、まだ水が出る気配はない。ランスロットとリンフォードの双子が穴の中で掘る作業を、オズワルドとゴナンが外から紐に結んだバケツを垂らして土を外へ出し、石を降ろす作業を担当する。無言でひたすら、土を掘り、外へと出し、石を降ろす。穴が深くなるにつれ、土を汲み上げる作業の負荷が重くなってくる。
「ゴナン、きついなら無理しなくてもいいぞ」
オズワルドがゴナンの様子をみてそう声をかけるが、ゴナンは無言で首を横に振った。そして、紐を懸命に引き上げる。ふらついてはいるが、きちんとやり遂げるのだ。
「……」
その様子を見守っていたオズワルドだが、ふと目線をその向こうへと遣った。ゴナンも気付いて、兄の視線の方に顔を向ける。
そこには、お屋敷様のところでいつも門番をしている壮年の男性の姿があった。少し遠くから、兄弟達の作業の様子を見ているようだ。何か声をかけられるのかと2人は身構えたが、男性はそれ以上近づいてくることはなく、いつもの厳しい表情のまま、無言でその場を離れる。
「…様子を見に来ただけ、のようだな。まあ、何かしてくることはないだろうさ」
「井戸の水が出たら、お屋敷様はどうなるのかな?」
ゴナンが珍しく、オズワルドに話しかける。普段は本当に、上3人の兄とは必要最低限の連絡事項以外しゃべらないのだ。オズワルドはそのことに少し驚きつつも、そうだな…、と答えた。
「多分、どうもしない、だな。元々、俺たちが水と交換に行っている食材がなくても別ルートで仕入れているようだし、彼らが何か困ることはないだろう。泉に水がある頃と、同じさ」
「でも、泉の水は濁っていたけど、この井戸の水は透明な水かもしれないよ」
「そうなれば、俺たちが嬉しいというだけさ。どのみち、ここの水で畑までまかなえるかも分からないしな」
そうしてオズワルドはゴナンの頭を撫でようとしたが、その手を止めた。弟がもう15歳であることに、気付いたからかもしれない。
「そういうのを」「取らぬ狸の皮算用っていうんだぞ」
休憩のために穴から登ってきた双子が、ゴナンに声をかけた。ゴナンはうん…、と声にならない相づちで応えてそっぽを向く。
何歳になっても、ゴナンは兄たちの中で特にこの双子が苦手なのだ。何を話すにもからかってきて、やり込められる。そこに反抗したことすらなかった。
「弱っちい上に」「暗いな、ゴナンは」
今日も、ゴナンの反応の薄さに、2人はさらにからかう。オズワルドがこら、とたしなめた。
「お前達はもう、いい大人なんだから…。弟を苛めるな」
「こんな弱っちいこいつが生きていけるなら」「俺たちだって、この土地でもしっかり生きていけるんだから」
双子の強い言葉をオズワルドは制止した。
「井戸はあるにこしたことはないんだ。自分たちが丈夫に生まれたからって、あんまりゴナンをからかうなよ」
長兄らしい威厳を持ってしめた。双子はふてくされて、休憩のためにその場に腰掛けた。ゴナンは無言だった。
↓次の話
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