連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】 1話「“大丈夫”」(1)
第五章 巨きなものの声
1話「“大丈夫”」(1)
「ねえ、ディル、あれを見て」
馬上でミリアがふと、ディルムッドに声をかけた。一行はウキの街周辺で、巨大鳥が立ち寄ると予測したエリアの中で探索をしている。王女ミリアは、元王国騎士ディルムッドと共に行動している。馬上で、身長2m近いディルムッドに包まれるように座るミリアが、小柄な体をいっぱいに伸ばして右側の方を指さした。
「赤一本の狼煙。非常時じゃないかしら?」
「…! 急ぎましょう…!」
ディルムッドはすぐに手綱を操作し、馬を駆けさせる。ある程度絞ったエリアを4組で探索しているため、誰の持ち場からの狼煙かはわからない。ただ、あの方向は遺跡があった場所だったように記憶している。
全速力で駆け、狼煙が消えないうち、5分と経たずに到着した2人。目の前で繰り広げられている光景を見て、愕然とした。そこでは、胸に剣が刺さったままのリカルドが、自身の剣を振り回し、6人の男達に対峙しながら1人の少女を守っていた。
「…リカルドっ!」
ディルムッドは馬を飛び降り、ミリアには馬から降りないように告げる。そして抜剣しながらその方向へと走って行った。戦場で数多くの敵味方の傷を、そして死を見てきたディルムッドは、一瞬で判る。もう間もなく、リカルドの命は失われると。
「…こいつ、なんで斃れねえんだ…」
「構わねえ、どうせ時間の問題だ。とにかくその女を連れて行けばいい」
帝国男共がそう言って、リカルドを蹴飛ばし少女の方へと駆け寄ろうとする。しかし、リカルドが血まみれの体を動かし、先頭の男の足に飛びつきしがみついた。もちろん、胸に剣は刺さったまま。痛みにうめきながらもすがりついてくるリカルドの形相に、男は怯える。
「…ひ…、な、なぜ、まだ、動ける………?」
「リカルド…!」
と、よく通る声がした。岩のような筋肉を纏った巨大な男が駆けてくる、その迫力に、男共はびくりとたじろぐ。
「…お前等っ…!」
ディルムッドは大声でそう威嚇すると、男共に斬りかかった。斬り殺したい衝動をすんでで押さえ、次々と足と腕の腱を斬り、胸を打ち、動けないようにしていく。いくらリカルドを殺害した犯人であっても、むやみに命を奪うわけにはいかない。ここは戦の場ではないからだ。
「お前等…、よくも…!」
6人いても雑魚の集まり、ディルムッドの敵ではない。瞬く間に敵は倒れていく。少女に迫っていた最後の1人をむんずと首ごと掴み、そして力いっぱい殴り倒した。せめてもの意趣返しだ。
「…リカルド、リカルド…!」
「…う…、うう…」
ディルムッドは、剣を胸に刺したまま倒れたリカルドの方に駆け寄った。痛みにうめき声を上げるリカルド。まだ息がある。しかし背中まで貫通した剣、そこから流れ落ちる血で地面に池ができはじめている。その傍らでは、1人の少女が呆然と立ち尽くしていた。
(この少女は…、この服装、鳥に乗っているという少女か? ゴナンは? まさか、やられたのか…。どこに…)
「リカルド…!」
と、ナイフの声が聞こえてきた。見るとエレーネも到着し、ミリアを馬から下ろしている。
「…ちょっと、何があったの…? こんな…」
「わからない…。私が着いたときは、リカルドが1人でこいつらと戦っていた。…すでに胸に、剣がささったままで…」
ぎり、と歯を食いしばるディルムッド。リカルドのマントを枕にして体勢を整えてあげつつ、エレーネに声をかけた。
「エレーネ…。申し訳ないが、ミリア様を…」
「ええ、わかったわ…。ミリア、こちらへ…」
ミリアを少し遠くへ離そうとするエレーネ。死の際にいるリカルドの惨状を見せないようにとの配慮だったが、ミリアはそれを拒絶した。
「…わたくしは大丈夫」
「ミリア…」
「…お願い、リカルドの、近くに居させて…」
きり、と強い眼差しでリカルドの方を見るミリア。親しい友人の最期をしっかりと見届ける、その覚悟の表情を見て、エレーネはすぐに頷き、ミリアと共にリカルドの傍へと来た。
その間、ナイフは男共を1箇所に集めて拘束と目隠しをし、ディルムッドが斬った傷の止血を行っている。ナイフだけはリカルドが『大丈夫』だと分かっているからこそ、淡々と後始末をしているが…。
(…でも、本当に死なないのよね? あれ…)
体のアザの中に記された寿命までは決して死なないはずの『ユーの民』であるリカルド。その寿命の日までまだ4年近くあることは、ナイフだけは知っている。しかし、リカルドがここまでの『致命傷』を負うのを見るのは初めてなのだ。『本当に大丈夫』なのか、ナイフにも確証がなかった。
「…う、うぅ…!」
リカルドが痛みでうめいている。気を失ってもおかしくない重症だが、リカルドは薄く目を開き、何かをしゃべろうとしていた。
「…リカルド、リカルド」
「…う、ゴメン…。ちょっと、剣の腕が足りなくてね…」
「リカルド、そんなことはいいから…!」
ミリアが、リカルドの血で汚れるのも厭わず、瞳いっぱいに涙を浮かべてすがりつく。その脳裏には、兄の命が奪われたあの日がフラッシュバックしていた。あの日もすがりつくばかりで、何もできなかった…。
しかしリカルドは微笑んで、血まみれの手でミリアの頭を撫でる。
「…ミリア…。大丈夫、だから…」
「……リカルド…」
「…ゴナンは…、巨大鳥に乗って、飛んで行ったよ…。あの子と一緒に逃げてもらおうとしたんだけど、ゴナンが火をつけた赤玉の狼煙が、なんだか、爆発して、鳥が驚いてしまって…、飛んで、行った…」
「えっ…?」
皆は少女の方を振り返る。少女は、自分を守ってくれた男の姿に、顔を真っ青にしたまま無言で立ち尽くしている。
「もしかして…、わたくしが作った狼煙玉…?」
ミリアはそのことに気付き、体を震わせた。
「…や、やっぱり…、わ、わたくしの『不運の星』が…。ゴナンにも、リカルドにも…。ああ、そうだわ…、ゴナンは今日、わたくしの刺繍の服を着ていた…。わたくし、目の前の楽しさにかまけて、何度も同じ過ちを、繰り返して…」
「ミリア」
リカルドはまた、優しい笑顔を浮かべてミリアの頭を撫でる。
「…ミリア…。君が背負う星のせいじゃない。…この際だから、伝えるよ…。僕が気付いた、…君の『不運の星』…、の、真実について…」
「…真実…?」
「…ああ…。とても、言いづらいことだし…、君にとって、認めがたい事実かもしれない…、けど…」
「……」
ミリアはゴクリと息を飲む。リカルドの『最期』の言葉だと感じ、一言一句聞き逃さないよう顔を近づけた。
「わたくしは大丈夫…。お願い、教えて…」
「うん…」
リカルドは血まみれの手を、ミリアの小さい手に遣った。
「…ミリア…、君はね…」
「…ええ」
「…君は…、君のこの手は…、とても『ぶきっちょ』なんだ…」
「…………、えっ」
ミリアは思わず聞き返す。傍で聞いていたナイフはずる、とこけそうになった。
「…もう、とんでもなく、驚くほどに、ぶきっちょなんだ…。それが、なんだか、悪いように働くことが多い…。君が『不運の星』のせいと思っていることの…、全てではないけど、わりと多くのことが、…その、ぶきっちょのせいで、もたらされている…」
「そ、そんな…」
ミリアは信じられないといった面持ちで、首を振る。
「…でも、お城では皆、わたくしが作る物を褒めてくださっていたわ。お兄様も…、みんなだって、そうじゃない…」
「それは…、そりゃあ…、王女様には、遠慮するだろう…。みんな、あえて、言わなかっただけ…、だよ…。君の兄君は、君を溺愛していたそうだから、いくら王子様とはいえ、目も、曇っていたんだろう…」
「…わたくしが…、ぶきっちょ…?」
信じられないような面持ちで、自身の両手を見つめるミリア。
と、ここで我慢できずディルムッドが口を挟む。
「リカルド! こう言っては何だが、貴殿の今生最期の言葉が、そんなことでいいのか…!」
「そんなことって…」
「…その、ここにいないゴナンへの遺言であったり…。何か、伝えられることがあれば…」
ディルムッドは苦渋の表情でリカルドを見つめる。もう、リカルドは手の施しようがない状態なのだ、『普通』なら。
しかし、リカルドはふっと微笑んだ。
「大丈夫…。僕が死ぬには、ちょっと、早いんだ…。遺言も、じっくり考えて推敲したいしね…」
「…?」
「…ナイフちゃん…」
そう言って、苦しそうな表情でナイフを見上げるリカルド。呼ばれてナイフは、眉をひそめた。彼がナイフに何を要望しているのかが分かっているからだ。
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