連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】 4話「老人と少年」(3)
4話「老人と少年」(3)
その日、試しに狩りに弓矢を使ってみたら、巨大鳥の羽の矢で野鳥が4羽も獲れてしまった。やはり羽の効果か。それにしても、さすがにできすぎな気がする。
「…罠で獲れたウサギもしめてしまったし、こんなに食べきれないな…。鶏肉は干し肉にする加減も、試してみないと分からないし…」
ずっと1人でいるから、すっかり独り言がクセになってしまっている。野鳥も矢で命を奪ってしまっているから、逃がすこともできない。これを燻製肉にしてみるか、などと考えていたが、ゴナンは思いついた。
「…あのおじいさんに、あげようかな…」
溺れているところを助けてもらったお礼が、まだだった。時折、そんなに離れていない場所から食事の支度の煙らしきものが上がっているのに気付いていたゴナン。老人の家のだいたいの方向は把握できている。
「…でも、行っていきなり刺されたりしたら、おっかないな…」
悩むゴナン。しかし、ひとまず試しに訪問してみることにした。やはり人恋しかったし、あの老人がどんな生活を送っているのか、少し興味もあったのだ。
煙が見えていた方向へ、徒歩で10分程。森の中にぽっかり空いた広場のような場所に、小屋が建っていた。脇には大きなかまどのようなものが見える。料理用にしては随分大きいようだが…。
「お邪魔します」
ゴナンは努めて元気よく挨拶しながら、扉をノックする。しかし反応はない。不在なのかと耳を澄ませてみると、ゴナンの良い耳に、「うぉぉぉ!」と老人が叫ぶ声が聞こえてきた。
「…おじいさん! 大丈夫ですか?」
ゴナンは慌てて玄関の扉を開ける。鍵はかかっておらず、中に入ると、老人が1人で叫んでは何かを床に投げつけていた。
「…くそ! ダメだ! こんなんじゃない!」
「うわっ!」
その迫力のすさまじさにゴナンが思わず声を上げると、老人はゴナンの存在に気付いた。
「なんだお前! 泥棒か! 勝手に入って来やがって!」
老人はゴナンに怒鳴りつける。やはり怖い。暴力的な怖さではないが、えもいわれぬ理不尽さがゴナンを攻めてくる。
「…す、すみません…。すごい叫び声がしたから、何かあったのかと思って…」
ゴナンは怯えながら何とか答えた。そして、老人が床に投げつけたものを見る。それは練った土の塊のようだった。老人の脇には、円形の台があるのも見える。
(…あ、あれ、知ってる。『ろくろ』だ…)
ツマルタの工房街で見たことがある。あれを足で蹴って回しながら粘土を整えて器を作るのだ。ということは、外にあったかまどは、器を焼くためのものだろうか。
ゴナンはキョロキョロと家の中を見回した。脇の棚に、この老人が焼いたらしい器が並んでいる。焼き上がった完成品のように見える。真っ黒に塗られているが、赤い線や点がワンポイントで入って、キリリとした表情だ。
「…うわあ、すごい、きれい…。おじいさんは、陶器の職人さんなんですか?」
「…職人だと…!?」
褒めたつもりなのに、老人はゴナンの言葉にまた、激しく怒り出す。そしてゴナンを押し退けてその棚の前に来ると、腕でがっと器達をたぐって床に落とし始めた。ガチャン、ガチャンと一気に割れる。
「あっ、もったいない…」
「こんなもの! こんなもの! こんなんじゃねえ…!」
老人は割れた陶器の破片の上で足を踏みならし、さらに粉々にする。もう訳が分からず、呆然とするゴナン。ひとしきり壊してしまうと、老人はギロリとゴナンを睨んだ。
「…お前は何をしに来たんだ?」
「あ…、あの、鳥を…」
「何! 巨大鳥が来たのか? 巨大鳥番!」
「…あ、いえ…。野鳥がたくさん獲れたので、おすそわけと、思って…。この前、溺れているのを助けてもらった、お礼に…」
「……」
老人はこれみよがしにチッと舌打ちをし、そして大仰にため息をついて、ろくろの前の椅子に座る。そしてまた、脇から粘土をとってこね始めた。
「…あの…、鳥を…」
ゴナンはどうしてよいか分からず老人に声を掛けるが、老人は何かをブツブツ呟くばかりで応えない。そして土をこねて、ろくろを回し始める。困ってしまい立ち尽くすゴナン。と、家屋の脇に厨房があるのが見えた。
「…あの…。厨房、借ります…」
「……」
老人はブツブツ呟くばかりだが、拒否もされなかったので、ゴナンはそのまま厨房で作業を始めることにした。手早く毛を抜き、皮を剥ぎ、鳥を解体して肉と内臓に分けていく。この包丁はよく切れるな、と驚きながらも、肉を切り分け、備えてある鉄鍋で炒め始めた。調味料も一通り揃っているが、食器類はどれも一人分しかない。やはり、一人暮らしのようだ。
(1人でああやって陶器を焼きながら、暮らしているのかな…)
ナイフに習った炒め方で手早く仕上げ、鶏肉の炒め物ができた。ひとまず、手近にあった塩とスパイスで味付けをしてみた。我ながら、美味しくできた気がする。
「おじいさん、できました…」
ゴナンは皿を手に、ろくろを作業中の老人に声をかけるが、老人は未だブツブツと独り言を言いながらろくろに向かっている。仕方がないので、部屋のテーブルに皿を置いて、そのまま去ることにした。早く戻って、ゴナンも自分の夕食の準備を始めないと、日が暮れてしまう。
「じゃあ、俺はこれで…。失礼します」
ゴナンはそう、ペコリと頭を下げて、部屋を出ようとした。と、老人は何か白いものをゴナンの後頭部に投げつけた。
「いたっ」
なかなかの大きさの塊を投げつけられ、ゴナンは後頭部に手を当てる。そして、「何を…!」を老人の方を振り向いたが、老人は足元のものを拾うように顎で指図するばかりだ。ゴナンは投げつけられたものを拾うと、両手のひら分の大きさの、白い結晶のような塊だった。
「……?」
これが何かわからず首を傾げるゴナンに、老人は嘆息して声をかける。
「なんだ、それが何か知らねえのか? 物知らず坊め」
「……」
「それは塩の岩だ。俺はそれを扱うのが面倒くさいから、持ってけ」
「……!」
ゴナンはそう聞き、手元の塊をまじまじと見る。
「塩の岩…。てことは、これは塩? それとも岩、ですか…?」
「塩の岩は塩の岩だ! 邪魔だから、持ってけ! 屁理屈小僧!」
老人はそう叫ぶと、くるりとろくろに向き直り、また作業を始めた。ゴナンは試しに岩を舐めてみたら、かなりしょっぱい。岩というよりは塩のようだ。いや、塩味のする岩という可能性もあるのか…。
(…塩味があるのは、ありがたいな…。でも、こんな大きな塊、投げつけることはないのに…)
老人なりのお礼だろうか? ゴナンはペコリと頭を下げると、老人の家を後にした。
塩の岩は、石でゴリゴリと削って粉末にすると、塩として使えるようだった。未だ岩である可能性も捨てられてはいないが、やはり食べ物に塩味がつくのはありがたい。ゴナンの『住み処』に戻って、自分の肉を手早く処理する。塩をうさぎ肉や野草ににふりかけて焼いて堪能し、そして残りの鶏肉を捌いて塩にまぶし、燻製を作ってみることにする。ツルと枝で網を作って肉を載せ、上に大きな葉を被せ、小枝を細かく切って燃やした煙で、じっくり燻す。小一時間くらい経ち、日が傾いてきた。一つ味見をしてみる。
「…うまい…」
保存食用に作ったはずだが、もう一個、二個とパクパク食べてしまうゴナン。とはいえ、肉の量はとても多い。燻している残りの肉を、満足げに見る。なんだか、充実している気がする。
「…なんだか、一生ここに住めって言われても、やっていけそうだな…」
南に浮かび上がり始めた彼方星を見上げながら、ゴナンはそう、呟いた。
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