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連載小説「オボステルラ」 番外編5「鍛錬のミリアさん」(3)


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番外編5「鍛錬のミリアさん」(3)


 翌日の早朝。

 いつもの朝の鍛錬に出るナイフとディルムッドだが、今日はミリアも参加している。「わたくしだって皆と同じように、朝からしっかり鍛錬するわ!」と昨晩、申し出てきたため、やむなく参加させているのだ。そのため、エレーネも付き合わされる結果となっている。

「よおし、ミリア。それじゃあ、朝からは筋力のトレーニングをやって、その後に素振りをするのよ。その方が、剣の動きに適した筋肉として身につくから」

「ええ、わかったわ。よろしく、ナイフちゃん」

 そうして、基本的な体幹トレーニングなどに臨んだが…、まあ、これは予想通りだが、回数を重ねるのが難しく、メニューはすぐに終わってしまった。情けなさそうな表情をしているミリア。

「……わたくし、やっぱり体力が全然、ないのね…」

「ミリア。そもそもあなたは、力なんてつける必要がないお人なのよ。それで初日からここまでできるなんて、大したものよ」

 ナイフがそう慰める。確かにどうしても筋肉の力はないが、持ち前の胆力でなんとか食らいつこうとしてくるのだ。ゴナンに負けず劣らずなド根性少女である。

「あまりやりすぎて疲れちゃうと、旅にも障りが出るわ。毎日、少しずつ、着実にね」

「ええ、ありがとう、ナイフちゃん」

 そうして次は素振りの練習だ。一晩経っても、昨日できていたレベルまではきちんとこなせているミリア。ディルムッドは型を指導しながらも、心の中で頷いている。

(やはり…、多少は時間がかかるが、着実に覚えていかれるタイプだ)

 ゴナンは勘がいいので、少し説明すればすぐに全体を把握するし飲み込みも早いが、ミリアは真逆だ。兵士の訓練の際でも、どちらのタイプもいるものだが、善し悪しではない。そしてミリアのタイプは、一度身に付けた技術はそうそう失うことはない。

「……ちょっと、ディル。そのあたりにしておいたら?」

 ナイフが様子をうかがって、そう声をかけて来た。ハッとするディルムッド。

「おっと、そうだな…。ミリア様。今日も1日、長いので、このあたりにしましょう」

「ハァ、ハァ……。ええ、そうね……」

 息を切らしながらもミリアは素直に頷いて、エレーネと先に宿へと戻ることにする。その後は引き続き、ナイフとディルムッド、それぞれの鍛錬に励んだ。

 そうして汗を流し、宿の食堂に朝食を食べに来た2人。先にエレーネが1人で食べているが…。

「あら? ミリアは?」

「え、ええ……。その……」

「……?」

「汗を流したら、疲れでウトウトし始めたから…、無理をさせても良くないと思って、また眠らせているの」

「えっ?」

 驚きの声を上げるナイフとディルムッド。ほどほどに収めたつもりだったが、やはり無理が過ぎたようだった。

「……体力が付くまでは、夕方の鍛錬だけにした方が良さそうね…」

「そうだな。若い兵士ならばたたき起こすところだが、そういうお立場でもないし、なかなか加減が難しい……」

「本人は意地でも眠らずに食堂に降りてこようとはしていたけど、私がベッドに押し込んだわ」

 苦笑いの3人。ひとまず今日、出立の予定だったが、1日延泊になりそうである。

*  *  *

 それからも旅は続き、宿泊でも野営でも、夕方には必ず鍛錬に参加しているミリア。3週間ほどが経ち、ミリアの素振りの姿も少しだけサマになってきている。

 野営のある日、鍛錬中にナイフはふと気付いた。

「ミリア、ちょっと前髪が伸びてきているんじゃない? 少し切りましょうか? ゴナンほど上手に切れるかは分からないけど」

「ありがとう、ナイフちゃん。でも大丈夫よ」

「……」

 ミリアが即、断ってきたことに少し驚くナイフ。

「ミリア。鍛錬だけではなくて、日常的にもその前髪は邪魔になるわよ。心配しないでも、そこそこ上手には切れるから」

「ありがとう、でも、大丈夫よ」

 例によって横で鍛錬を見守っていたエレーネも説得にかかる。

「ミリア、ヘアスタイルを整えるのは苦手でしょ? あなたは自分では前髪を上手に分けたりもできないのに…」

「ええ、でも何とかするわ」

「何とか……」




 ナイフにもエレーネにも絶対に髪を切らせたくない様子だ。

(…ゴナンにしか触らせたくないのかしらね)

 そうほくそ笑みつつ、ミリアに提案するナイフ。

「じゃあ、あなたが『髪を切りたくなる』まで、前髪をピンで留めておきなさい。エレーネ、ピンは持っているかしら」

「ええ、あるわよ」

 そう言ってエレーネは、幌馬車の荷物の方へとピンを取りに行く。その間、ナイフはもう一つ尋ねた。

「そういえばミリア。すっかり忘れていたけど、あなた、祭のときに左手に痺れが残っているって言ってたわよね? 大丈夫なの?」

 その言葉に、ミリアはニッコリと微笑む。

「ええ、もうすっかり。『つまみ食いした草』の毒が、左手にだけしつこく残っていただけみたい」

「そう。それならよかったわ。まあ、確かに剣をしっかり握れているものね」

 念のためミリアの左手を取り、震えなどがないかを確認する。利き腕とは逆とは言え、神経系に後遺症が残ってしまうのはあまりよくない。決してミリアが強がっているわけではなさそうで、ナイフはほっと息をついた。

 と、エレーネがピンと鏡を持って戻ってくる。ミリアが自分で髪を留められるか試してみたが、やはり、鏡を見ながらでもなかなかミリアの手では難しそうだ。

「まあ、前髪を留める練習もしないといけないわね。鍛錬すべきことがとても多いわ」

「え、これも、鍛錬なの……? まあ、何度か練習すればできるわよ、流石に」

 エレーネが留めてあげる様子を鏡越しにじっと観察するミリアに、ナイフは優しく声をかける。そもそもお城では身支度なんて全部、メイド達の仕事で、自分で服すら着たことがなかったというから、自分の手で前髪を留めるなんて大変な技術だろう。

「だったら、少し髪型は違うけど、私の髪で練習するといいわ」

 そう申し出るエレーネに、「まあ、ありがとう、助かるわ」と嬉しそうに微笑むミリア。ちなみに、結果、エレーネは、どういうわけか顔面流血沙汰寸前にまで何度も遭う羽目になってしまうのだが、そのことはまだ誰も知らない。

 ともかく、そういう流れで、ゴナンと再会したときの「少年剣士を装うおでこを出したミリア」が出来上がったのだった。



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