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連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】  14話「湖畔の街にて」(4)


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14話「湖畔の街にて」(4)


 「邪魔をする。ディルムッド・ショーンだが、エイリス・ショーンはいるだろうか?」

 ゴナン達が宿泊する宿から、湖の対岸にあたる森の中の大きな館を、ディルムッドは訪ねていた。門番は相手がかのディルムッドとわかるとビッと敬礼し、そしてすぐに中へとエイリスを呼びに行く。

「ディルムッド従兄にいさん……!」

 中から、駆けるようにエイリス・ショーンが出てきた。ディルムッドの父セルヴィウス・ショーン侯爵の弟の嫡男であり、2歳下の従弟だ。昔から「従兄さん」と慕ってくれている。ショーン騎士らしく体格に恵まれており、ディルムッドほどではないが身長も身幅も大柄だ。錆色の瞳に亜麻色の髪の青年である。

「従兄さん…! 心配していたんだよ。お目にかかれてよかった!」

「長らく音信不通にして申し訳ない」

 アーロンの事件の際、エイリスはすでにこの館に駐在していたが、ショーン分家嫡男として事情は聞かされている。他の者に話が伝わらないよう、館の中ではなく外へと2人で歩いた。



「……でも、なんだか雰囲気が随分変わったようだが…。何事?」

「ああ、まあ、これは、気分転換というか…」

「いいんじゃないか? 似合っているよ。キールも髪を伸ばしていたな、そういえば」

 そう微笑むエイリス。そして、すっと真顔になる。

「キールのことは、残念だったな…。私は直接会える機会は少なかったが、騎士としても、とても優秀な人物だったと聞いている。影武者の任から外れて、自分自身の人生を歩み始めたところだったというのに……」

「……ああ…」

 キールの死は一定期間、秘された後に公にはなったが、外向きには不慮の事故死ということになっているという。あの事件で死んだ他の騎士たちも同様だ。キールが影武者の任を外れるまではディルムッドに弟がいることも伏せられていたため、エイリスがキールと直接会ったのは数えるほどだ。

 エイリスはキールを悼むように目を閉じた後、本題に入った。

「……手紙では、とあるご令嬢をお連れするとのことだったが…」

「ああ、私は今、その方の護衛として働いている。詳細は明かせないが身は確かな方だ。心配はしないでほしい」

「従兄さんがそう言うのなら、大丈夫なのだろうが…」

「お忍びで参りたいため、明日の夜に、最低限の人数で訪問したい。私の他に付くのは護衛と女官だ。あとは、王妃殿下に私が騎士でないことを悟られないために、制服を借りたい」

 そう、テキパキと指示するディルムッドに承諾するエイリス。森の中を散策しながら、話を続ける。

「エイリス。未だアーロン殿下の死が公になっていない事情を、お前は何か知っているか?」

「いや…。私もたまにしか王城へ参っていないが、その辺りは聞いていない。城内では『アーロン殿下は病気療養中』ということで通っている。そしてそれを対外的には伏せるようにとのお達しだ」

「……それを、1年半も…?」

「そうだな、不自然と言えば不自然なんだが…」

 と、ここでディルムッドははたと気付いて、エイリスに尋ねた。

「…エイリス、お前は、最後に王城に行ったのはいつだ?」

「ええと……。3ヵ月前かな? 城内の駐屯所に行ってきた」

 3ヵ月前ということは、ミリアが『家出』した後だ。

「……王女殿下方は、お元気だろうか?」

 ディルムッドは、探るように尋ねてみる。

「……どうだろうな…。私は王女殿下にお会いできる立場ではないから」

「……何か、殿下方のご様子について聞いたりはしていないか? 噂でも何でも良いが」

「いや? 特には」

「……」

 そう聞いて、ディルムッドはしばし思案する。王女が家出して、もう半年以上経っているはずだ。影武者を擁して隠されている身とはいえ、城内に噂すらないというのは不思議だ。

(王太子殿下も、本物の方の王女殿下も不在であるのに、まるで何も起こっていないかのようだ…)

 もちろん、エイリスがほとんどこの遠方の療養地にいるから、城内の事情にさほど明るくないということもあるだろうが。

「従兄さん?」

「あ、ああ。すまない。王女殿下が心配で」

「そうだな。あの哀しい出来事から立ち直られているといいが」

 そう心配げな顔をするエイリス。そして続ける。

「王城では伯父上……、ショーン侯爵とレイナルト従兄にいさんにもお会いした。元気そうだったよ。ディルムッド従兄さんの話は出なかったが……」

「私は勘当されたも同然だからな。もう、いない者とされているのだろう」

 ディルムッドは自嘲するように微笑んだ。そして、さらにエイリスに尋ねる。

「……騎士団や軍の方はなにも変わりはないだろうか? 平時と違う動きはないか? その後、帝国との間は平穏無事か? 国内の状況も気になるが。ダークウッド家など、隙あらば何かを狙っている家の連中も…」

「そうだね。細かないざこざはあっているけど、特に大きな動きは聞かないな。貴族らの云々に関しては、政治の話でもあるから、私では関しない部分も多いが……」

「……」

(……ミリア様の捜索隊を組まれていても良いようにも思うが、それもないのだろうか…)

 もしくは、隠密部隊か誰かがミリアの所在だけは確認をしているのかもしれない。そうでなければ、行方不明の王女を探さないというのはあまりにもおかしい。

(ただ、私はその隠密の気配すら感じられていないが…。エルダーリンドで見かけた者共は、それとは違うように思う)

 難しい顔をして考え込むディルムッドに、エイリスはふうと嘆息をする。

「……従兄さんは相変わらずだね。そんなにあれこれと心配なら、ご自身が騎士に戻ると良いのでは?」

「私は辞表を出し、家も勘当同然だ。戻れるわけがないだろう」

「そうかな? だって、事件が秘匿されている影響で、従兄さんのことも、何も公に明らかになっていないのに」

「……だめだ。私は許されてはならないのだ」

「……」

 そう語るディルムッドの表情は、頑なで冥い。エイリスはふう、と息をつく。

「きっとレイナルト従兄さんは、ディルムッド従兄さんが戻られるのを待っていると思うがな」

「……」

「…予備の制服を持って来るから、ここでしばし待っていてくれ」

 エイリスはディルムッドの肩をポンポン、と叩くと、いったん館へと引き返した。



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