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連載小説「オボステルラ」 番外編4「ストネの街のゴナン」(3)
番外編4「ストネの街のゴナン」(3)
翌日、ゴナンは昼過ぎまで爆睡していた。
あまりにも起きてこないので、ナイフやキャスト達が心配して入れ替わり様子を見に行くが、スヤスヤと健やかに寝ているようなのでホッとする。この日は都合良く、お店は定休日。ナイフはお店で自分の食事を作ったり、店の整理整頓をしたりしている。
「…おはよう、ゴナンくん。あら、スッキリしたわね」
お店の方にやってきたゴナンに、ナイフが声を掛けた。午後、ようやく起きたゴナンの身ぐるみをヒマワリが剥がして服は洗濯に回され、ロベリアに習ってシャワーを使い、体を洗ったようだった。そしてロベリアの私服を借りている。随分、ぶかぶかだが…。
「おはようございます……。すみません……、すごく、寝ちゃって」
「まあ、なんで謝るの? 枕が合ったようね。ぐっすり眠れたようで何よりだわ」
そう微笑んで、ナイフはテーブル席に座るよう促した。ゴナンは少しボンヤリとしている。
「まだ眠い? 疲れが取れるまで寝てて構わないわよ」
「いえ…、あの、シャワーがとても気持ちよくて。お湯を頭から、かぶれるなんて……」
「……」
恍惚とした表情だったようだ。ゴナンの顔色が昨日よりもかなり良くなっているのを確認し、ナイフは用意しておいたご飯を出す。
「あの…」
「遠慮はなしよ。あなたのような少年がそんなにガリガリなのを見ると、放っておけないの。私の自己満足だから、気にしないで」
「……」
それでもまた、なかなかご飯に手をつけない。ナイフはふう、とため息をつく。
「じゃあ、ゴナンくん。あなたにかかった費用は、後でまとめて計算するから、今はひとまずお腹を満たしなさい、ね。ほら、せっかく作ったご飯がもったいないから」
「はい……」
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もちろん、後から計算する気も食事代や宿代を請求する気もさらさらないが、ゴナンを納得させるためにそう言ったナイフ。ゴナンはパクパクをご飯を食べ始める。やはりお腹は空いていたようで、ペロリと平らげてしまった。
食後、ナイフは改めてゴナンに話を聞くことにする。
「今日はお店は休みだから気にしないでね」
「お店…」
ゴナンはまた、キョロキョロと屋内を見回した。
「……ご飯屋さん、ですか?」
「ふふっ、まあ、ご飯も出すけどね」
「……」
ゴナンは不思議そうな表情でナイフを見る。今日はオフモードで化粧をしていないナイフ。フェミニンな服を着てはいるが、言葉遣いや振る舞いと身体との性の不一致を不思議に感じているようだ。
「ああ、ごめんなさいね、ややこしいわよね。私は見ての通り、身体は男で、身体を強く鍛えるのは好きなんだけど、心は女性なの。分かるかしら? こういう感じの人間」
「……あ、……はい、……分かります……」
腑に落ちた様子のゴナン。意外にもこの件は、すんなり受け入れる。
「昨日、うちのキャストちゃん達も見たと思うけど、みんなも身体は男性なのよ。で、心が女の子の人もいれば、男だけど女装が好きな人もいるの。そういう人が集まって、お客さんをおもてなしするお店なのよ」
「……おもてなし…」
そう呟いて、またキョロキョロとお店を見回すゴナン。この様子だと、『お店』なるものに入ったのすら初めてのようだ。
「ねえ、ゴナンくん。あなたのように痩せ細った子が倒れていたのが、とても心配なの。あなたは1人なの?」
「倒れ……? あの、俺、あそこで寝てただけで…。場所を勝手に借りて、すみませんでした…」
「寝てただけ……」
「俺、1人です……。故郷はずっと北の方で…」
「北…。確かオアシスの周りにちょっとした宿場町があったわね? その辺り?」
「いえ…。そこよりもうんと北です。北の村……」
「……?」
ナイフの記憶だと、あのオアシスの周辺は砂漠に近い荒れ地で、そこよりもうんと北の地域は、人が住めない荒野だったはずだ。帝国との国境も接してはいるが、あまりに厳しい土地で人の出入りはほとんどないエリアだ。戦乱の時ですら、王国と帝国、どちらの国からも「領土」としての興味すら持たれなかった。
ナイフは「ちょっと待っててね」と、自宅に戻り地図を持って来る。
「…どのあたり?」
「……え……と、ここがストネ?って書いてます…、よね…。だったら……、ここが、そのオアシスだから…。多分、この辺り、です」
「……」
(文字も読めるし、地図の見方も分かっている……)
受け答えの様子を見ても、言葉少なではあるが、ある程度の教養があるのを感じる。それなのに発光石も知らないというアンバランスさが、どうにも不可解だ。指したエリアも、荒野のど真ん中。こんな場所に人里があるなんて初めて知った。
「ゴナンくんは、こんな遠くから1人で旅をしてきているの? どうして?」
「あの……、村は今、ひどい干ばつで、食べ物も何もなくて……」
優しく接してくれるナイフに、少し心を開いた風のゴナン。ボソボソと、少し哀しそうな色を瞳に乗せながら、自分の状況を語り始める。
「……それで、兄ちゃ……、兄貴が、俺を村から、逃がしてくれて…。それで、リカルドさんって人を追って、きました…」
「!」
ナイフの友人と同じ名だが、ここが彼の拠点だと知ってきたのだろうか?
「リカルドさんの名字はわかる?」
「え……と……」
聞かれてゴナンは、少し考え込む。
「……あの…、俺の村、名字がある人いなくて、それで、多分、リカルドさん、名字を言ってたと思うんですが、馴染みがなくて、覚えてなくて、思い出せない…」
「そう…」
(誰も名字を持たない村、ね……)
リカルドという名は珍しい名ではないし、この街だけでも知っているだけで何人もリカルドという名の人物はいる。それに彼は、この前出発する際に帝国の方に旅すると言っていたから、あんな辺境に足を伸ばしているのかも怪しい。ひとまず、ゴナンにあまり期待を持たせないようにすることにした。
「それで、そのリカルドさんはこのストネの人なの?」
「…ここに来れば会えるはずだって、兄貴が、教えてくれて……」
「そう…」
どうしようかしらね、と考えるナイフ。この調子だと、この子はこの店から出すと、野営ですごしながら無理な方法で『リカルドさん』を探しかねない。実際、ナイフにこの少年を助ける義理などまったくないが、どうにも、放っておけない。
「じゃあ、ゴナンくん。そのリカルドさんが見つかるまでは、うちにいなさい。どうせ寮にはたくさんのキャスト達が住んでいるから、1人くらい増えたって、なんともないから」
「えっ、でも……」
ゴナンがまた遠慮しようとする素振りを見せる。ナイフはそれを制した。
「あなた、街での暮らし方がまるで分かっていないようだし、1人で動くと危険よ。この街は悪~い大人がいっぱいいるのよ。あなたが大事に持っている『使いたくないお金』を騙し取られたりしてもいいの?」
「……!」
そのお金が入っている袋を、肌身離さず持っているようだ。服の上から袋をギュッと両手で押さえるゴナン。
「ね、『リカルドさん』が見つかったら、その時にお食事や宿泊代のことは改めてお話しするから。私もこの街で何人か、『リカルド』って名前の人を知ってるから、一緒に探すわよ」
「……」
「お願いだから、ここにいてほしいわ。とても心配なの」
もしナイフが『悪い大人』だったら、すでにゴナンは危険に一歩足を踏み入れていることにもなり得るのだが、ゴナンはナイフのことを信用したようだ。そして、きっと顔を上げた。
「…あの。じゃあ、俺を、ここで働かせてください! ただ居るわけには、いかないので……」
「……ゴナンくん。うちがどんな店かは、さっき教えたわよね? 大丈夫?」
「? 仕事は、仕事なので…。俺、何でもします。頑張ります」
恐らく、お店や仕事のことはよくは分かってはなさそうだが、なんとも義理堅い子だ。ナイフはじっとゴナンの顔を見る。よくよく見れば整った顔立ちをしており、化粧映えしそうだ。まだ男性になりきっていない体格だから、ドレスも似合うだろう。きちんとご飯を食べさせて肉付きよくすれば、きっと激変する。
(それに、さっき、『逃がしてくれた』って……)
故郷から兄が「逃がしてくれた」と言っていたのも気に掛かる。何か追われている可能性も鑑みて、女装で隠してあげるほうがよいかもしれない。大体、何歳くらいか想像はつくが、あえてゴナンの年齢は聞かないことにするナイフ。
「……じゃ、今日からあなたは、デイジーちゃんね」
「……?」
「うちで働く子にはみんな、お花の名前で源氏名をつけるの。仕事のことは、同室のロベリアちゃんとヒマワリちゃんに教えてもらってね」
そう微笑むナイフに、ゴナンは無表情ながら嬉しそうな光を瞳に宿す。
「……え? でも、ナイフさんは…」
「私のことは『ナイフちゃん』と呼んでね。それがここの決まり」
「…ナイフちゃんは、花の名前じゃ、ないんですね…?」
そう気付くゴナンに、ニッコリと微笑むナイフ。自分の通り名なんて何でも良かったから、リカルドと酒席の冗談で決めた名前ではあるのだが…。
「…ほら、世の中ではみ出しちゃったり埋もれたりしてる花を、私が世知辛い世間から切り取って『フローラ』っていう花瓶にキレイに生けるの。そういう感じ?」
「……あ、そう、なんですね…」
とってつけた意味合いだが、ゴナンは納得したようだ。「じゃ、まずは形からね」とゴナンを立たせて、寮まで連れて行く。
↓次の話↓
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