![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/161050770/rectangle_large_type_2_b0b5a83eb0a89480f865fb2a67328fc8.png?width=1200)
連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】 4話「老人と少年」(2)
4話「老人と少年」(2)
3日後の朝。
ガサガサと草をかきわけ、あの老人がまた泉へとやって来ていた。そして、泉に向かって大声で声を掛ける。
「…! …おい、泉の妖精!」
「えっ」
声をかけられ、泉の中にいたゴナンは驚き、振り返った。
「…お前、泉の妖精か? なんでまた裸なんだ。服は持ってねえのか?」
「…あっ」
毎日のルーティンにしている朝の鍛錬が終わり、汗を流すためにまた素っ裸で泉に入っていたゴナン。鳥は戻ってこず誰も人が居ないので、ついつい、裸か下着一枚で過ごすようになってしまっていた。
「…も、持ってます…」
「そんな貧相な体をさらしてんじゃねえ」
貧相な体、の言葉に少しシュンとしつつ、ゴナンは慌てて泉を駆け上がって体を拭き、服を着に行く。ゴナンが向かった方を見て、老人は少し驚いた。
そこには、枝をツルで器用に組んだ小さなテント、というよりも小屋のようなものが出来上がっていた。針葉樹の葉っぱや木の皮を屋根と壁として編み込んでいる。ゴナン1人がゆったり横になれるほどの広さで、地面の上にフワゾウの穂を敷き詰めている。随分と心地よさそうな寝床だ。
「……?」
ゴナンは、その小屋の中でそそくさと服を着て、すぐ老人の元へと駆けた。老人はまじまじと、ゴナンが作り上げたらしい『住み処』を見ている。
「…あ、あの…。もしかして、ここは、あなたの土地…、でしたか…? いちゃダメだったら、出ていきます…」
ゴナンはおずおずと老人に尋ねる。老人はそんなゴナンの様子を不思議そうに見た。
「…ここは、ただの泉だ。誰のものでもねえよ」
「…あ、わかりました…」
金色の瞳でギョロリと睨んでくる老人に、ゴナンは少し怯えている。どうにもこの老人は怖い。背はゴナンと同じくらいだが、体には厚みがあり幅があり、年齢を感じさせないパワーが無遠慮に放たれている。
「…お前、ここに暮らす気か? お前は野生児か?」
「あ、いえ、もしかしたら、巨大鳥が戻ってくるかもしれないから、それまでここにいようと…」
「それにしては、えらく気合いの入った家ができてるじゃねえか…」
「…せっかくなら、居心地良く、したかったので…」
クラウスマン邸の書斎で、野営に関するハウツーの書籍を熟読していたゴナン。早速、その知識を生かしてしまった。
![](https://assets.st-note.com/img/1731043685-IexdsEhXSKJuzgwaRQfmHc4n.jpg?width=1200)
「…やはり、お前は巨大鳥の仲間なのか?」
「…違います…。だから、連れてこられて、どこに行けばいいか分からないから…」
そう、ゴナンはもじもじと答える。今日は槍こそ持ってはいないが、答え方を間違えると噛みつかれでもしそうな気迫を感じている。老人は、ふん、と息を吐いた。
「…お前、巨大鳥がまた来たら俺に知らせろ。捕まえておけ」
「……、でも…、意味もなく生き物を傷つけるのは…」
「意味がねえだと…?」
老人がゴナンに咆哮する。びくりと震えるゴナン。
「意味はある! 敵討ちだ! 俺はそのために生きながらえてるんだ!」
「で、でも…、巨大鳥をやっつけたところで、何も元には…、戻らない…」
ゴナンはその言葉を、半ば自分に言い聞かせるような心持ちで口にする。しかし老人はさらにゴナンを睨み付け、ぐいと顔をゴナンに近づける。本当に噛みつかれそうだ。
「…ふん…!」
ドン、とゴナンの胸ぐらを肘で押すように叩き、そう言い捨てて老人は踵を返す。そして森の中に消えていく。
「…怖かった…」
思わずそう口にするゴナン。できれば現状を助けてほしいところだが、あの老人にお願いするのは厳しそうだ。話が通じる気がしない。できれば、あまり会いたくないタイプの人間だ。
「…また、巨大鳥を見張りに来そうだな…。ちゃんと、説明しないと…」
ゴナンはそう、ため息をついた。そして小屋の方へと向かう。
この3日で、ゴナンは快適な居住空間を創り上げることに腐心していた。木々の枝葉やツル、大きな葉で簡易テントを作る方法も、体を優しく包むフワゾウの穂の存在も、クラウスマン邸での読書で身に付けた知識だ。夜は少し冷えるので、やはり書籍で見た焚き火の火が保ちやすいような石組みも実践している。小屋は煙は抜けるので、焚き火を小屋のすぐ前で炊いても大丈夫だ。そして、焚き火の横には乾燥中の干し肉。この辺りもウサギや小動物のリコルルがたくさんいた。罠猟で腹を満たすのに十分な数を捕まえ、今後に備えて保存食用に干しているのだ。
(そうだ、燻製にも挑戦してみようかな…)
本で読んだ知識を実践できるのは楽しい。最初はうまくいかないこともあるし、それこそこの小屋も2度、崩れてしまい、3度目でやっと立った。そうやって考えながら技術を身に付けていくことに没頭することで、ゴナンはどうにもならない現状を少しでも忘れようとしていた。ただ、巨大鳥を待つしかないもどかしさも、リカルドが本当に無事なのかの確認をしようがない不安と焦りも。
とはいえ、持ち前のサバイバル能力が驚くほど発揮され、もうここでいつまででも暮らせそうな勢いだ。ゴナンは、自分の手で作り上げたこの環境に満足げで、少し愛着が沸いている。
「…よし、今日は矢を作ろう」
ゴナンはあえてそう声に出して、昨日のうちに切り出してきた木の枝を手に取る。硬くてまっすぐな木材だ。手持ちの矢の数は限られているので、練習や実際に獲物を射つために、矢を増やそうとしていた。
(…ランス兄とリン兄がやってた、作り方で…)
ゴナンの兄の双子、ランスロットとリンフォードは、弓矢の名手でよく野鳥を仕留めていた。弓矢も二人の手製で、作る様子をゴナンはよく見ていたのだ。あのいじめっ子の兄達をお手本にすることには多少、葛藤はあったが、技術に罪はない。ゴナンは木を削り始める。
鏃として、そこらで拾っていた鋭い形状の小石をツルでくくる。そして、この前拾って置いた巨大鳥の羽を切って、矢のお尻に入れた切り込みに挟む。真っすぐになっているのを確認して、試しに射ってみる。
すると…。
ビュン、と、今までにないほどのうなりを上げて、矢が的に当たった。
「…? あれ? 俺、弓、上手くなった…?」
これまでの地道な鍛錬の成果だろうか? 他の矢も試すべくビュン、ビュン、と射つと、いずれも凄い勢いで的にピタリと当たる。少し嬉しくなってさらに射っていたが、たまにうまくいかなくなる。何本も射っているうちに、ゴナンはあることに気付いた。
(……俺が作った矢だけ、うまく飛ぶ)
ゴナンは首を傾げ、矢を見比べる。リカルドからもらった正規品のほうが、矢としてのクオリティは遙かに高いはずだが、不思議と速く正確に飛ぶ矢は、手製の矢だけだ。
「…あっ。もしかして…」
ゴナンは思い立ち、正規品の矢についている羽を外して、巨大鳥の羽に交換してみる。そして的へと射ってみると…。
ビュウウウン!、と今まで以上に矢が唸り、ものすごいスピードで的へ真っすぐ飛んだ。
「…この羽のおかげか…。でも、どういう理屈だろう…?」
鳥の巨大な体についていただけあって、羽のサイズも規格外で、1枚辺り1メートル近い長さがある。それを2枚拾ったから、まだまだ羽毛はたくさん残っている。矢に使うならたくさん作れそうだ。ゴナンはその羽を凝視しながら、その理由をしばし考えていた。
↓次の話↓
#小説
#オリジナル小説
#ファンタジー小説
#いつか見た夢
#いつか夢見た物語
#連載小説
#長編小説
#長編連載小説
#オボステルラ
#イラスト
#私の作品紹介
#眠れない夜に