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連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】 15話「対面」(7)
15話「対面」(7)
「……エイリス、感謝する」
館の廊下を玄関へと進みながら、ディルムッドは小声で改めて礼を述べた。
「いや、礼には及ばないよ」
「きっと王妃殿下も喜ばれていたと思うが、念のため、その後のご様子に異変があられないか、追って教えてほしい。あと、見舞いの品としてマルルの実を置いてきているため、後に毒味などを頼む」
「ああ、わかった」
本当は実の娘からのお見舞いの品ではあるが、それでも毒味を欠かすことはできない。そしてディルムッドは歩きながら、後ろを着いてきているミリアをチラリと見遣る。帽子で表情は推し量れないが、ぐっと肩をこわばらせ、何かをこらえている様子だ。すぐにでも声をかけたいが、まだ場が許さない。
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ディルムッドは、ミリアを王妃に会わせたことを後悔していた。
(……あれは…。深い母の情のようでいて、あれは、まるで呪いだ。王妃殿下はミリア様に、また呪いをかけておしまいになられた……)
予感はあったが、「母と子は会うべきもの」という固定観念から、ここへ連れてきてしまった。
王妃の病気に病名はない。何がきっかけだったのかはよくわからないが、あるときからひどく心が弱り、それから身体のいろんな箇所に異変が現れるようになった。
幼い頃から王太子妃候補としての教育を完璧に受け、王太子妃、そして王妃となってからも、国母として、王を支える立場として、理想的な働きを見せていたオルフィナ。しかし、心の繊細な部分に、何かがひどく障ってしまった。
木の棒のようにポッキリと心が折れ、身体を十分に起こすことも叶わず、様々な不調をその身に吸い込み、そしてその原因を、娘が抱える星のせいだと思い込んでしまっている。
(……誤った判断だった…。ミリア様…)
* * *
屋敷の前につけられた馬車にミリア、そしてエレーネが乗り込む。ナイフも続こうとしたとき、エイリスに呼び止められた。
「失礼、護衛の……」
「ナイフよ、……ナイフだ」
ナイフちゃんと呼んでね、といつもの台詞が口をついて出そうになるのを、すんでで止めるナイフ。
「ナイフ殿、1つ依頼があるのだが」
ナイフはディルムッドと顔を見合わせる。ディルムッドが小さく頷き、ナイフは馬車から離れてエイリスの側へと進んだ。
「依頼とは?」
「ミラニアには女性の戦士もいると聞く。貴殿の仲間でこの館に常駐してくれるような女戦士はいないだろうか?」
「……」
エイリスのその言葉に一瞬、考えるナイフ。
「……『こちらのご婦人』の護衛にしたいということかな?」
「ああ。もちろん女官が多くついてはいるのだが、やはり武に長けた女性が1人いると都合がいいのだ」
「そうだな。こと、高貴な女性の護衛ともなれば、男性だらけだと何かと気を使うだろう」
そう言ってナイフは、メモ紙とペンを所望した。エイリスの部下が急ぎ持って来る。
「……私が知る人材もいるにはいるけど、それよりもこちらに連絡してみる方がよいと思う。ア王国の中でミラニアの戦士の派遣業を営んでいる人物だよ。本拠地がシャールメールの近くにある。精鋭ばかりが登録しているし、護衛や傭兵のプロとして動いている者ばかりだから、個人的に誰かに依頼するよりも『秘密の仕事』の信頼度も高いと思うよ」
「……なるほど…。そういう人物がいるのか」
「ここ数年で事業を広げている。向こうも軍と誼を結びたがっているようだから、ちょうど良かったかもしれないな」
そう言って連絡先のメモをエイリスに渡すナイフ。エイリスは礼をし、そしてナイフに微笑みかける。
「感謝する。……まあ、何なら、あなたをスカウトしたいくらいだ。あなたなら『大丈夫』そうだが……」
「……!」
ナイフはふっと笑顔だけを残して礼をすると、馬車の方へと戻っていった。やはり、鋭い人物にはなぜかすぐにバレてしまう。分家筋とはいえ、流石のショーン騎士ね、と思いながらも、ミリアとエレーネが待つ馬車へと乗り込んだ。
そうして、馬車列は森を走り、街の宿屋へと戻っている。
周囲を騎士達が騎馬で警護しているため、まだ込み入った話はできない。馬で馬車の横につけながらもディルムッドはもどかしい思いを抱いていた。
馬車内では、しんと静かな様子のミリアを、ナイフとエレーネが心配している。
「ミリア? 疲れたの? 宿に着くまで、帽子を外したらどう?」
帽子のヴェールに隠れて表情がうかがえないため、そう声をかけるナイフ。しかしミリアは、無言で首を横に振る。
「……?」
ミリアの胸中はザワザワしていた。
(……やっぱり、全て、わたくしのせいだった……。わたくしは、忘れかけていた…。決して許されない立場であるということを…。わたくしは……)
* * *
夜も更けつつある頃合い、馬車が宿屋「ロッカ亭」に戻ってきた。
恭しく馬車を降り、そして騎士達に礼を告げ、一団が去るのを見届ける。
「……ミリア様」
ディルムッドはようやく、ミリアに声をかけることができた。しかし、帽子に隠れたミリアは、何も言葉を発さず、そのまま2階の客室へと駆け上っていく。
「……? 何かあったの? お母様をお見舞いしてお話をしただけよね?」
「あ、ああ……」
ディルムッドは困って、ナイフとエレーネの顔を見る。話して良いものか少し悩んだが、やはり王妃の病状にも関わってくる今日の出来事を、つぶさに2人に話すわけにはいかない。
「……詳しくは話せないが、ミリア様はまた、ご自身を必要以上に卑下されておいでだ…。どうか、寄り添ってあげてほしい……」
そう神妙に依頼するディルムッドに、ナイフとエレーネは顔を見合わせた。
* * *
そして、一行が去った後の森の屋敷。
エイリスは、王妃の寝所に呼び出されていた。
「殿下、お呼びとのことで、失礼いたします」
エイリスは頭を下げながら寝所へと入る。こんな夜中に貴婦人の寝所へ立ち入ることにやや気が咎めるが、ベッドに座っているオルフィナの様子を見ると、はっとして慌てて駆け寄った。
「……王妃殿下…。どうか、されましたか……?」
オルフィナの手には、風聞紙がある。アーロンの姿絵に、力なく冥い視線をぼとりと落としているオルフィナ。
「……エイリス…。お呼び立てしてごめんなさいね。……先ほどのご令嬢とね、アーロンのお話をしていて。これをくださったのよ。ふふ、絵姿が、よく似ているわ……」
「……左様ですか…」
「……それでね。そういえば最近、あの子の活動の報せがめっきり届かないような気がして。アーロンは元気にしているのかしら? 王城で見かけたりしていない?」
「……」
昨今は、王太子の慈善活動などの公務の折には、風聞紙などで広く告知されることが多い。エイリスは表情を変えず、すぐに答える。
「残念ながら王城ではお会いすることは叶っておりませんが、ご健勝である旨はお聞きしています。記事の書き手の対応が追いついていないのではないでしょうか? 風聞紙は国発行の書簡ではなく、あくまで民間の活動でありますので」
「そう……?」
王太子が亡くなっていること、それを隠すために王太子は病であることにして外向きにはそれを伏せていること、王妃に対して二重の隠し事をしている。すんと表情を動かさないエイリスを訝しげに見て、オルフィナは再度、アーロンの姿絵に視線を落とした。
恐ろしく素直で嘘が下手なあの愛娘が、必死に隠そうとしていた自らの動揺。表情に少しの揺らぎが見えた、あれは、アーロンに関わる話のときではなかっただろうか。あの子の嘘やごまかしは、母にはすぐにわかる。
「……」
オルフィナの呼吸が徐々に荒くなってきた。風聞紙をぐしゃりと握りしめて、ぐっと前のめりになって苦しそうな様子を見せる。王妃の体に触れるわけにはいかず、エイリスはすぐに部屋に控える女官達に声をかけた。
「女官殿、殿下の介抱を頼む。私は常駐の看護師を呼びに行ってくる故」
「はい……!」
バタバタと部屋を駆け出すエイリス。女官達に背中をさすられながら、オルフィナは棒きれのように痩せた手で、なけなしの力を持って風聞紙を握りしめ続けていた。
↓次の話↓
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