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連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】  3話「彷徨のゴナン」(3)


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3話「彷徨ほうこうのゴナン」(3)


 ーーぴちゃっ。

 何かひんやりした感触を頬に感じて、ゴナンは目を覚ました。
 もう、朝。しかも、すっかり日が高い。また巨大鳥の懐で長時間熟睡してしまっていたようだったが…。ぴちゃ、ぴちゃと、ゴナンの顔周りでひんやりした感触が続く。そして、なんだか生臭い。疑問に思って顔を横に向けると、自分の周りで魚が地面の上を跳ねているのが見えた。

「…えっ? さ、魚?」




 ゴナンは横にいる巨大鳥を見ると、鳥はまさに、泉にくちばしをシュッとを突っ込んで、魚を獲っていた。そしてもう一匹、ゴナンの方へ獲った魚を投げる。ゴナンは思わず、手でそれを受け取った。巨大鳥が魚をゴナンに食べさせようとしているような様子だ。ゴナンの周りでは、すでに3匹の魚が跳ねている。

「……」

 ゴナンは呆気にとられた表情で、自分の周りで跳ね続ける魚を見る。ゴナンがいつまで経ってもゴンの実を食べないから、これなら食べるか、ということだろうか。なんとも力業だ。

「……ふっ」

 ゴナンは思わず、笑い声をこぼした。巨大鳥のその振る舞いが、妙に面白く感じた。改めて自分の状況を確認すると、ゴナンの周りには尋常ではない数のゴンの実が供物のように置かれている。その上、この地面を跳ね続ける魚達。なんともカオスな空間だ。

「…さすがに、魚をこのままにしておくと…、腐っちゃって…、ひどいことになるな…」

 魚を焼こうかと動こうとしたが、めまいに襲われるゴナン。それもそうだ。もう3日も、まともに食べ物を口にしていないのだから。ゴナンは身の回りに落ちているゴンの実の中から新鮮そうなものを選んで、口にした。

 シャク、と甘酸っぱい味を感じると、途端にお腹が空いてくる。貪るように1個、食べ尽くし、さらにもう2個食べた。ストネであの後、口にしたのもゴンの実だった。ミリアが慣れない包丁で切ってくれた、いびつなゴンの実。

 昨日までとは違い、ゴナンの思考は前向きになっていた。あの夢のおかげだろうか。

(…リカルドは、大丈夫って言った…。俺は、それを信じる…。きっと、大丈夫…)

 実を食べて水を飲み、ゴナンは立ち上がる。魚を拾ってしめて、近くの木から大きな葉をもいでその上に置いた。そして薪にできそうな落ち木を拾う。リカルド自慢の『すごい火打ち棒』のおかげで、火は簡単におこせる。魚を木の枝に挿し、薪火で炙って、そしてかぶりついた。

(……美味しい…)

 塩も何もないが、湧水で育った魚は臭みもなく、美味しい。あっという間に2匹、3匹と食べてしまう。そして水をゴクゴクと飲むと、なんとも言えない満足感に包まれた。そしてゴロンと横になる。昨日までの無気力ではなく、栄養をしっかりと蓄えるためだ。

 ゴナンはその体制のまま、また水を飲み始めた巨大鳥を見上げた。

「…お前が、あの夢を見せてくれたの…?」

 その問いかけに巨大鳥は答えるはずもなく、水を飲み、時に泉の中から魚を捕って丸呑みする。ゴナンはなんだか、そのような気がしていた。

(…そうだよ…。俺は今、巨大鳥の一番近くにいる。こいつがもしメスだったら、そのうち卵を産むかもしれないし、自分の故郷に帰るのかもしれない。そこには、他の巨大鳥もいるかもしれない。俺はそれまで、ずっとこいつに乗り続ければいいんだ…)

 それで卵を得られれば、願いが、叶う。何も絶望する必要はなかった。今、自分にできることがあるのだ。もしかしたら巨大鳥と共にいることで、自分に何かこれ以上の不幸が起こってしまうかもしれないが、それでも何もしないよりはマシだ。ゴナンは体を起こし立ち上がった。

(…絶対、やる…! 今、俺にしか、できない…!)

*  *  *

 その日、しかしまた巨大鳥は飛び立とうとはしなかった。

 元気を取り戻したゴナンは、周辺を散策し獣道を見つけると、小動物を罠で獲った。ナイフで捌いて、近くで見つけたハーブ草と一緒に焚き火で焼き、晩御飯の準備をする。と、巨大鳥のある挙動に気付いた。たまに左羽の下を気にするようにくちばしで触っているのだ。

(…あっ、まさか…)

 ゴナンは巨大鳥に近づき、鳥がくちばしで触っていたあたりをかき分けてみる。そこには予想通り、傷があった。ディルムッドが射った矢傷だ。まだ治っていないのか、傷の周りの毛は抜け落ち、少し周りが腫れていて、むしろ傷が悪化しているように見える。

(…これが痛くて、飛べないでいるのかな…)

 と、ゴナンは、自分の腰袋の中に、マリアーナに持たされた小傷用の軟膏が入っていることを思い出した。取り出して塗ってあげようとするが、軟膏の瓶は小さく、巨大鳥に使うとあっという間になくなってしまう。と、先ほど散策したときのことを思い出す。

「…そうだ…。マリアーナ先生に習った薬草が、さっき生えてた…」

 ゴナンは木々の麓で見つけた薬草をたくさんむしり、そして手頃な石を見つけてゴリゴリとこする。袋に入っていたハンカチを水で浸して、鳥の傷周りを拭いて洗浄して、薬草を揉んで汁を良く出してペースト状にして、傷に塗り込めた。

(…本当の薬の作り方とは違うけど…、しないよりは、マシなはず…。でも、鳥に人間と同じ薬が効けばだけど…)

 薬草のペーストがこぼれ落ちないよう、上から大きな葉を貼って湿布する。

「おい、あんまり動くと薬が剥がれちゃうから、静かにな」

 ゴナンは鳥にそう、声をかける。その言葉を理解しているのか、鳥はあまり動かない。その場に座って、ゴナンが焼いている肉の方をじっと見ている。

「……これ、食べたいの?」

 昨日までの何か訴えかけるような感じとは違う、何かをねだるような目線だ。試しにゴナンは焼いた肉を1匹分、鳥のくちばしに近づけてみる。と、鳥はそれをパクリとくわえ、飲み込んでしまった。

「…食べた…」

 獣を食べると言うことは、人間だって食べられるんじゃないかと、リカルドと同じ予想をしたゴナン。しかし、鳥は与えられた小さな(巨大鳥にとっては、だが)獣の肉に、満足げだった。

(…それにしても、さっきのおねだりの目線…。何か言いたげなときのミリアみたいだったな…)

 雄弁に何かを語る大きな目、そこから、あの小さな少女をゴナンは思い出してクスリと笑った。


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