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連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】 14話「湖畔の街にて」(3)
14話「湖畔の街にて」(3)
そうして4日後、湖畔の街ローゼンフォードへと着いた一行。美しく大きなローゼン湖の西側に街が広がり、その対岸にあたる東側には森がある。ストネよりも規模は大きいが、賑やかしかったあの街とは違って落ち着いた静かな雰囲気で、初めての景色にゴナンはキョロキョロと街を見回している。いったん広場で馬車や馬を降り、計画を打ち合わせる。
「王妃殿下が療養されている館は、湖の向こうの森の中にある。今日1日、街で準備を整え、目立たないように明日の夜にお見舞いへ伺いたい」
ディルムッドがそう、提案する。
「じゃあ、まずは今から宿を探しましょうか?」
「ああ、頼む。私は一度、館の方へ赴き、エイリスと打ち合わせてくる」
そう言って、1人馬を走らせディルムッドは去った。5人は馬車と馬をゆっくり進めながら、宿屋街を目指している。
「ゴナン。後で湖も見に行こうね。すごく大きいんだよ。国内で一番大きいんだ。海のようだよ」
「俺、海、見たことない……」
「ああ、そうか。海もいつか見に行こうね。ア王国は南側が海に面しているんだ。泳げるように練習するのもいいかもしれないね」
「うん」
御者席でそう楽しそうに話している後ろ、馬車の中ではエレーネはミリアに声をかける。
「ミリア、大丈夫?」
「え?」
ミリアはハッとエレーネを見る。ちなみに今日も、念のため髪をくくり伊達メガネをかけている。
「わたくしは大丈夫よ、エレーネ」
「そう? なんだか、元気がないように見えたから」
「……」
ミリアは目を伏せる。久々に母に会える嬉しさよりも、病の心配の方が大きいのだろうか、と、馬上からその様子を見ているナイフは考えている。
(……ディルの話だと、お兄さんにはとても可愛がられていたようだけど、王妃様はどうだったのかしら?)
「宿はロッカ亭にしよう! ね! 部屋が空いていればだけど」
と、リカルドがワクワクした様子で、馬車の横を馬で歩くナイフに提案してきた。あの巨大樹の街を離れてから、すっかり元気を取り戻している。
「あら、お気に入りのお宿があるなら、そこでいいわね。でも、なんで?」
尋ねるナイフに、リカルドはゴナンの方を見ながら答える。
「ロッカ亭の客室には、身体をお湯に浸せるお風呂があるんだよ。珍しいんだ。ゴナンをお風呂に入れてあげたいんだよ」
「あ、ああ、そう……」
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リカルドのゴナンファーストな振る舞いにすっかり慣れてしまっている一行。ミリアも瞳を輝かせる。
「まあ、お湯に身体を浸せるなんて、とても久しぶりだわ。お城では毎日そうだったけど、あれは当たり前ではなかったのね?」
「楽しみね。きっと疲れも癒やせるわよ。身体も温まるわ」
エレーネも乗り気だ。女性陣にはやはり浴槽は嬉しいようだ。
「……今さらだけど、よくよく考えたら、王女様が野の泉で水浴びだなんて。普通の貴族の令嬢でも、そう聞いただけで卒倒してしまうのではない?」
ナイフが感心気味にそう尋ねた。しかしミリアはキョトンとする。
「そうかしら? 確かに快適ではないかもしれないけど、普段と違うことを行うということは、とても興味深くて楽しいものだわ」
「……そう…。なら、いいけど」
ほんとうに逞しい王女様だこと、とナイフは微笑んだ。
* * *
ロッカ亭は4階建ての大きな宿屋だった。レンガ張りの外壁にはツタが張り、落ち着いた佇まいの建物だ。無事、空き室があり、同じ階で全員分の部屋を固めることができた。ワンフロアに横並びで2人部屋が4部屋あったため、階段側からディルムッド、ミリア&エレーネ、ナイフ、ゴナン&リカルド、の配置で泊まることにする。
部屋に入り、最初にお風呂を見に行くゴナン。シャワーの機械の脇に、人1人が入れる大きさの器のようなものがある。これが浴槽だ。
「ここいっぱいに、お湯をためるの? なんだかもったいないな……」
ゴナンが不思議そうに浴槽を見ている。
「それに、入った後はこのお湯はどうするの? どこかに流してしまわないと。これを傾けるの?」
「大丈夫だよ、ほら、浴槽の底に排水口が付いてる。キャップを外せば床下の配管を通って外に流れるから。シャワーの排水と同じだよ」
リカルドは、浴槽の底にある栓を指さし、そして床下を指す。
「そうそう、このローゼンフォードはね、街中で排水の設備が整っている街なんだよ」
「?」
「いらなくなった水を流せる水路が地中でつながっていてね。この汚れた水だけが流れる管を地下に埋め込んであるんだ。これは湖には流れなくって、その先の大河に流れるようになっている。だから、湖が大きな街のすぐ近くにあっても、とても透き通ってキレイなんだよ」
「へえ……」
「排水しやすいからって浴槽まで置いてあるのはこの宿くらいだけどね。浴室の掃除なんかも大変だしね。元々、ア王国の人は、貴族でもない限りお湯に身体を浸す習慣はないから」
リカルドの説明に、興味深そうにシャワーの機械や浴槽を見るゴナン。
「そうそう、いつも僕らが浴びているシャワーの機械も、ア王国が発祥なんだよ。これが登場するまでは、適温にお湯を調整する人が常に付いていないと浴びられなかったんだ」
「へえ……」
「あ、ここのも最新式だな。ロス式シャワーだ。やっぱりいいのを入れているね。このロッカ亭のオーナーはなかなかの機械好きでね。だから僕もウマが合って」
シャワーの設備を見ながらそう呟くリカルド。ゴナンは首を傾げる。
「ロス式……」
「うん。機械のブランドというか、造り手の名前って言うか…。あれ?」
リカルドは気付いた。おそらくゴナンも同じことに気付いたようだ。
「……ロスって、ルチカの姓だったよね…。もしかして、ルチカが作った?」
「……いや…。このタイプのシャワーが出回り始めたのは10年くらい前だから、そうだとしても恐らく、ルチカの父の方ではないかな? ディルが言っていた、もともと王城に出入りしているっていう機械士…。ゴードンっていってたっけ? 今度聞いてみよう」
リカルドは、思わぬ所で機械が知り合いにつながっているかもしれないことにワクワクしている。一方でゴナンはじっと床を見る。その床下にどのような排水機構が施されているのかは見えないが、その存在を感じて好奇心で瞳が輝いている。リカルドは「ああ、そうだ」と思い出した。
「この街には、誰でも本を読むことができる図書館があるよ、そういえば。建築や土木関係の書物もあるかもしれないから、あとで行ってみる?」
「うん、行きたい」
頬を紅潮させて答えるゴナン。リカルドはニッコリ笑顔で応じる。
「ミリアのお支度と、ナイフちゃんの『男装』の買い物の後で、寄ってみよう」
↓次の話↓
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