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連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】 16話「ねがいごと」(2)
16話「ねがいごと」(2)
今日明日にでもシャールメールに向けて出発する予定だったが、おそらく元気がないミリアと、あからさまに元気がないゴナンの様子を見て、ひとまず出立の日を延ばすことにした一行。リカルドだけは、デンをゴナンから引き離すために早く出発したそうではあるが。食事を終えて部屋に戻るリカルドを引き留め、ナイフがそんな態度を諫めた。
「リカルド。ゴナンが故郷に帰りたいと望んで、同行してくれる同郷の大人もいるのなら、それを妨げる権利はあなたにはないんじゃないの?」
「……それは、そうだけど、でも……」
「…ウキでは、ゴナンが望めば先生達の元に残そうとしていたくせに、今回はまるで正反対じゃない?」
そのナイフの言葉に、リカルドは一瞬言葉に詰まるが、目線を下げて答える。
「……ウキとは状況が違うよ…。ウキの場合は、先生達の元にいる方がゴナンの人生のためになるかもしれないと思ったけど、北の村は…、今、ゴナンが戻っても、意味がない。いずれ帰るにしても、まだ早すぎるよ…」
「まあ、干ばつがまだおさまっていないのならね……」
「それもそうなんだけど……」
リカルドはうつむいたまま、続ける。
「……ゴナンがやっと、自分の心の柱をしっかりと立てようとし始めているところなのに、今、あの村の、あの家族の元に戻ってしまうと、きっとポッキリと折られてしまう。そしてまた、全てを削り取られていくだけだよ…」
「……」
アドルフ以外の家族とはろくに話さず、そして可愛がっていたミィもいない、あの渇いた村の家。ゴナンにとっては大切な故郷だろうが、どうしても今はまだ、戻ってほしくなかった。
「……いずれにしろ、変な策謀を巡らすのはやめなさい。悪知恵を働かせて物事がすんなり進んだ試し、ないじゃない。ちゃんと話して、納得してもらうのよ」
「……」
ナイフのその忠告に、リカルドは冥い目で頷いた。
* * *
「ゴナン、熱は出ていない? 大丈夫?」
部屋に戻ったリカルドは、椅子に座って考え事をしているらしいゴナンに、そう声をかけた。
「うん。大丈夫」
そう頷くゴナンに近づき、額に手を当ててみるが、確かに平熱のようだ。
「僕はこれから、デンさんに渡す手紙を書くけど、少し時間がかかりそうだ。ゴナンはどうする? 図書館に行く?」
「……」
ゴナンは首を横に振り、そして自身の手元に目線を落とす。そこには、ラギオンからゴナンに託された、黒と赤の石があった。
「……あ、それ…」
「……なんだかこれ、彼方星みたいで、見てると心が落ち着くから……」
「そう」
そう答えて、しかしやはり、リカルドはそこから話を切り込めない。そのままデスクにつき、手紙を書きはじめるが、またゴナンに声をかけた。
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「ゴナン。アドルフさん宛の手紙を書いたら? デンさんに託せば、確実に届くはずだから。僕も書こうかな」
「……うん、そうだね。そうする」
ゴナンは石を置くとリカルドの正面に座り、そしてペンを手に取って、アドルフに綴るための内容を考え始めた。アドルフ宛の手紙を書かせることで、自らは村には行かないよう差し向けたい、そんなリカルドの思いつきの浅知恵であるが、ゴナンは何を書こうか悩んでなかなか筆が進まない様子だ。つい2週間前にもエルダーリンドでアドルフに手紙を書いているせいであるのだが、リカルドはそんなことも忘れてやきもきしている。
と、部屋の扉がノックされた。そしてディルムッドが神妙な表情で入ってくる。
「ディル、どうしたの?」
「邪魔をしてすまない。ゴナン、お前に依頼したいことがあって来たのだが…」
「俺?」
言われてゴナンはリカルドと顔を見合わせる。ディルムッドは頷いた。
「…その…、ミリア様と、お散歩、をしてくれないか?」
「お散歩?」
「そうだ、お散歩だ」
「お散歩…」
言われてゴナンは、首を傾げる。
「お散歩って…。そこら辺を歩き回るってこと? 俺がミリアと?」
「ああ…、その、何か話などをしながら…」
「……?」
その意図が、ゴナンはもちろんリカルドにも分からない。しかし、ゴナンは頷いた。
「もちろん、大丈夫だけど。……お散歩…」
「ただ歩き回るだけでも、お前が行きたい場所に連れて行ってあげるのでもいい。……何か、話でもしながら…」
「……うん」
じゃあ準備するよ、とバンダナを巻き身支度を始めるゴナン。リカルドは唐突な散歩依頼に首を傾げつつも、ミリアと一緒にいることがゴナンを引き留めるのに良いように働く気がして、何も口は挟まなかった。
「…では、ミリア様にも伝えてくる。……ゴナン、ミリア様には、お前が一緒に、何か話でもしながらお散歩したがっていると伝えても良いか?」
「? ああ、うん、大丈夫だけど…」
『お散歩』は、完全にディルムッドの意向のようだ。リカルドでもあるまいし、何か回りくどいことをしようとしている様子が珍しくも感じるが、ゴナンは許諾する。ディルムッドは「ありがとう、助かる」と例を言うと、部屋を出た。
↓次の話↓
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