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連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】  13話「うごめく、何か」(6)


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13話「うごめく、何か」(6)


 マリアーナの薬のおかげか、ゴナンは夜には手足が動かせるようになり、一晩寝たらすっかり復調した。荷物をまとめ、ローゼンフォードへと旅立つ準備を行う一行。

 ゴナンは、少し名残惜しそうに遺跡を見回している。

「あら、ゴナン。ここにも愛着が湧いているようね」

 ナイフが、ゴナンの様子に気付いて声をかけてきた。

「……うん…。なんか、住んだ場所って感じで。ちょっと寂しいな」

「移動の度にお引っ越し、って感じだものね。ゴナンは場所にも情を込めてしまうタイプのようね」

 そう微笑むナイフ。そして考える。

(……本当はゴナンは、あんまり旅人には向かない性格のような気もするわね。今いる場所で、ささやかな生活の営みを日々楽しむ、そういう暮らしの方が合っているタイプのように思えるけど…)

 とはいえ、彼は旅をすることを望んで今、ここにいる。ナイフは自身の考えを胸の内に収めて、出立の準備を進めた。

 遺跡から真っすぐローゼンフォードに向かう予定だったが、ディルムッドが駐屯軍で情報収集を行うために、エルダーリンドに一旦、立ち寄ることにした。

「僕は馬車と馬を見ておくよ」

 と、意地でも馬車を降りない様子のリカルド。そしてその隣で少しソワソワしているゴナンに声をかける。

「ゴナン。食材屋さんに挨拶をしたいなら、行っておいでよ。僕のことは気にしないでいいから」

「……! う、うん……」

 嬉しそうな光を瞳に宿してそう答えるゴナン。すると、ミリアが続けた。

「まあ、ゴナンがお世話になった食材屋さん? わたくしも見てみたいわ」

 しかし、もちろんすぐにディルムッドが止める。

「ミリア様。この街では、あまり出歩かれるのはよろしくありません。どうか、馬車にて待機を…」

「きちんとメガネをかけて、お行儀悪く歩くから大丈夫よ。お行儀の悪い歩き方をナイフちゃんに習ったの、わたくし。まだ完全には習得できていないけれど」

 パンツスタイルになったため、大股でぶっきらぼうに歩く方法をずっと練習していたミリア。

「髪も結んで模造剣を腰に挿して、男の子のようなぎっとした表情で行くから、大丈夫よ。少年剣士のような風貌で行くわ」

「しかし…」

「ディル。わたくしは、またこの街に、このような立場で来られるか、分からないから…」

「……」

 ミリアのその言葉に、ディルムッドはハッとする。ミリアは「自分ではなくサリーが女王になるよう、巨大鳥の卵に願う」ために旅をしているはずだが、それが叶うと言うことは、ミリア自身は市井に下ると言うことを意味しているのだと、ディルムッドは思っていた。

(……ご自身が一般市民になれば、旅も自由にできるお立場になれるはず。そういうことは望まれていないのか。それとも、そもそもそんな願いは叶わないと思われているのか…。いや、しかしそれではこの旅は…)

「だったら、私が着いていくわよ、ディル」

 一瞬、考え事にふけるディルムッドに、ナイフがそう申し出てくる。

「ちゃんとお行儀悪く歩けているかもチェックしないといけないから、ね」

「……わかった。ナイフ、ゴナン、ミリア様を頼む」

 2人にそう頭を下げるディルムッド。ゴナンはそう言われて、少し驚いた。

「……俺も?」

「? もちろんだ、ゴナンも、ミリア様をお護りしてほしい」

「……」

 護られる子どもではなく、護る者としてディルムッドに頼られたことに、ゴナンの瞳が少し誇らしげに光る。ディルムッドはそんなゴナンの頭をクシャッとなでると、先に軍の駐屯地へと出発した。

*  *  *

 ミリアが大股でがに股で、なぜか少し顎を上げながら、肩で風を切るようにして目つき悪く歩いている。しかし、もともと背が低いのでたいして大股にはなっておらず、慣れない動作でなんだかぴょこぴょこと歩く姿は、行儀が悪いと言うよりも可愛らしく見えてしまう。

 今日もエルダーリンドの大通りは観光客でにぎわっており、ゴナンは「あんまり急いで歩くと、人にぶつかるよ。こけちゃうよ」と心配して、ミリアに手を差し出した。

「……」

「ほら、ミリア。この方が早いよ」

「……でも、手を引かれては、少年剣士に見えなくなってしまうわ」

「大丈夫だよ。十分、いつもと違う雰囲気だから」

(というか、そもそも少年剣士には見えてないけどね)

 ナイフはそう脳内でツッコむが、口にはしない。ミリアは少し目を伏せ、ゴナンの手を取る。2人が手を繋ぎ歩く様子を、ナイフは背後からニヤニヤ、いや、ニコニコと見守っている。

(フフ、可愛らしいこと)

 そしてまた、手を引かれながら静かに黙ってしまったミリアの表情を注意深く見ていた。


 やがて、食材屋に着く3人。

「おお、ゴナン坊、もう出発したんじゃなかったのか?」

 細身の壮年の店主が、ゴナンにニコニコと声をかけて来た。ゴナンはペコリと頭を下げる。

「あの、今日出発することになったので、最後に挨拶を…。ありがとうございました…」

「そうか、わざわざありがとうな。義理堅い坊だ」

 そう言って、ゴナンと一緒に来た人物に目を向ける。この前会った黒髪の男性とはまた違う2人だ。1人は妙に強そうなオーラを放つ女装の男性。そしてもう1人は…。

「ん? 妹さんか?」

「あ、そんな感じだけど…、妹じゃなくて、旅の仲間、です……」

「お邪魔します、おじさま」

「おじさま…」

 丁寧な礼をするミリアに、少し照れる店主。

「ゴナンがお世話になったお店と聞いて、わたくしも見に来てみたかったの。素敵なお店だわ」

「お、おお……。ありがとう」

 何の変わり映えもしない食材店なのだが、興味深げに店内を見回すミリアの様子を、不思議そうにみる店主。

(……なんだか妙な格好をしているが、恐らく貴族のご令嬢だな…。お忍びの旅行なのかな……。もしや、ゴナン坊はこのご令嬢の下僕か…)

 そう考えると腑に落ちる店主。しかし、妙な3人ではある。

「ゴナンはやっぱり、獲物の扱いが上手だものね」

ナイフが嬉しそうにそう、ゴナンに声をかける。店主も頷いた。

「ああ、罠猟で確実にウサギを捕まえられる腕前もそうだが、処理も上手で驚いたな。ウサギの丸焼きが名物のレストランが残念がってたぞ」

 そう聞いて、ゴナンは無表情ながらも少し嬉しそうな光が瞳に宿る。

「最初に飛び込んで来たときは、えらく小汚い小僧が来たと驚いたんだが」

「……ずっと森で過ごしてて、この街に着いて、石けんを買う前にここに来たから…」

 ゴナンがそう、振り返る。店主は続けた。

「しかも、服の腕に入ったひどく不格好なししゅ……」

「…でも、ミリアのオシャレな刺繍があったおかげで、キレイに服を洗ったら、街の人にもバカにされずに済んだよ。今日も街に出てくるなら、刺繍入りのを着てきたかったな」

 店主の言葉と被るように、ゴナンがミリアにそう話す。「まあ、そうなのね」と嬉しそうにするミリア。

「ん? オシャレ……? いや…、不かっこ……」

 店主がその情報を訂正しようとしたが、ナイフが目線で強い圧を送る。何となく状況を察する店主。

「……ああ、そうだな。その、先鋭的な、個性的な刺繍に、思わず、目を留めて、しまったよ…」

 店主は空気を読んだ。




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