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連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】 14話「湖畔の街にて」(1)
14話「湖畔の街にて」(1)
一行はエルダーリンドを出発した。
2頭立ての『疾風のシーランス号』の御者席にはリカルドとゴナンが並んで座っており、ゴナンが馬車の操馬の方法を習っている。馬車にはミリアとエレーネ。そして騎馬でディルムッドとナイフが護衛をする、通常通りの陣形だ。向かうは美しい湖の街、ローゼンフォード。街道が整っているので、快適な馬車旅である。
が、今はエレーネが騎馬しており、ディルムッドは馬車の中だ。「ミリア様と二人きりで話がしたい」と、エレーネにしばし交代を願い出たのだ。雰囲気を察して、御者席と荷台の間の幕を下ろすリカルド。
「ディル、お話とは、何かしら?」
ベンチに座り、すっと背筋を伸ばしているミリア。その対面の寝台にやや狭そうに座るディルムッドは、錆色の瞳でじっとミリアを見ながら、話し始めた。
「……ミリア様。我々は今、ローゼンフォードの街に向かっております」
「ええ、あなたがその街へ行きたいと言い始めたのだったわね。なぜかしらと思ってはいたのだけど…」
「……勝手に決めて申し訳ございません。何もお伝えしないままお連れしようかとも思いましたが、やはり、一度、ミリア様のお気持ちをお聞きした方が良いかと思い直しまして」
「?」
珍しく、どうにもハッキリしない物言いのディルムッドに、ミリアはさらに首を傾げる。
「よくわからないわ。はっきりおっしゃって」
「……以前、アーロン殿下が視察で巨大樹とエルダーリンドを訪問した折、公式にはその次にはシャールメールを訪問したことになっていますが、実はその時も秘密裏にローゼンフォードに立ち寄っております」
「まあ、そうなの? それで?」
「……」
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やはり奥歯に物の挟まったような言い方をするディルムッド。
「……ローゼンフォードには、わたしの従兄弟であるエイリスが、騎士団を引き連れ、駐在しております」
「……!」
その名を聞き、ミリアはハッとする。そして、ディルムッドが言わんとしていることを理解した。
「…お母様の療養地が、ローゼンフォードなのね…」
「……はい、その通りです。公にはされておりませんが……」
エイリス・ショーンは、ショーン侯爵家の分家である伯爵家の嫡男で、ディルムッドの従兄弟である。彼の父と彼、その騎士達は王妃の警護を任されているのだ。しかし、本来ならばまだ城を出ることができない年齢のミリアには、療養先は伝えられていなかった。
「……せっかくミリア様がこのように城の外に出られ、そしてお近くに来られているのですから、当然、お見舞いに行っていただくのが良いだろうと思い手配いたしましたが、しかし……」
「……」
「……もし、ミリア様にとってそれが良くない選択であると思われるのでしたら、すぐに行き先をシャールメールへと変えてもらいますが…」
「……」
ミリアは深緑の瞳を足元に向け、しばし思案した。しかしすぐに、瞳を上げる。
「まあ、何を言っているの? ディル。お母様のお見舞いに行ける機会を、わたくしが厭うはずがないではないの」
「……は…」
そう言いながらも、ディルムッドはまだ不安げな表情だ。今のこのタイミングでミリアを母・オルフィナ王妃に会わせて良いものか、いまだディルムッドの中では迷いがある。もちろん、城の外に出てはいけないはずのミリアがいるということ自体を咎められる恐れがあるが、それ以外にも…。
ディルムッドは、言葉を続けた。
「……では、このままローゼンフォードに向かいます。準備などで協力してもらう必要があるため、エレーネには先に伝えているのですが、他の皆にもこの件は伝えてもよいでしょうか?」
「ええ……。付き合わせてしまう結果になってしまっているもの。大丈夫よ。みんな信頼の置ける人達だし」
「は…。それともう一つ……」
ディルムッドの表情が暗く沈む。
「……先にエイリスと早馬便の手紙でやり取りをしていたのですが…。王妃様は、アーロン殿下が亡くなっていることをご存じではありません」
「……!」
ミリアはその言葉にハッとする。王妃が病気療養のために王都を離れたのは約3年前、ミリアが13歳、アーロンが20歳のときである。アーロンの事件は、その翌年の出来事だ。
「……お身体に障る恐れがあるため、お伝えはしていないと…。もし、殿下の死が公に発表されるタイミングが来たら、その時にお知らせする目論見であるそうですが…。ちなみに、エイリスだけは知っていますが、その他の騎士も誰も知りません」
「……」
王太子アーロンの死は、もう1年半が経とうとしているのに未だ発表される気配もない。王がどのような思惑なのか、ミリアにも計りかねている。
「……わかったわ。気をつけてお話するわね」
「…は。では、今日の夕食の時にでも、皆に話して、街での動きを相談することに致します」
ディルムッドは頭を下げてそう伝えた。
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