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連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】 7話「鋭い男」(2)
7話「鋭い男」(2)
ゴナンの熱はなかなか下がらない。
ゲオルクは、巨大樹観光に出かけたり外歩きをしながらも、部屋にいる間はゴナンの看護をしている。果物のすりおろしをつくってくれて、食欲がなかったゴナンもようやく口にできた。
「ゲオルクさん……、もう、出発しないで、いいんですか……?」
ゲオルクがゴナンを拾って2日後の朝、ゴナンはベッドの中から、朝食を済ませて室内で読書をしているゲオルクに声をかけた。
「あの、俺のせいで足止めをしてしまっているのなら……」
「おいおい、私を人でなしにするつもりか? 君の熱が下がるまではここにいるつもりだよ。どうせアテもない旅行なんだ。何の問題もない」
「でも…」
「まあ、あの恐ろしくでかい樹は、一度観れば十分ではあるけどな。普通なら人が通り過ぎていくだけのこのような街に滞在するというのも、また一興だよ。いろんな人の姿が見れる」
そうしてゴナンの額に触れる。
「…熱はなかなか下がらないな…」
「……すみません…。多分、いっとき、下がらないです…。俺、いつも、こうで……」
「……」
今日はゴナンが話せそうな様子であることを確認して、ゲオルクはベッドサイドに座った。
「…そろそろ聞かせてほしいんだが、なぜ1人でこの街にいるんだ? 確かに私は寄り道をしながらゆったりたどり着いたが、君は私よりも先にこの街に着いていたようだし。お金もなく、野営をして、体が弱い自覚もあるらしいのに、1人で放り出されたのか?」
「……」
「実際、偶然、私が見つけていなかったら、君はもしかしたら、この病で野垂れ死んでいたかもしれないぞ?」
ゴナンはそう問われて、答えに窮する。彼に巨大鳥云々の話をするのは、あまりよくない気がする。
「……あの…、違う馬車に……、間違って、乗ってしまって……」
必死に考えるゴナン。
「…それが、その…。この街に着く乗合馬車、で…。それで……、他の皆は分からないけど、リカルド、は、この街にきっと来るから、ここを動かず、待っていようと……」
「……ふうん?」
乗り合い馬車がどういうものかよくわかっていないが、そう誤魔化すゴナン。ゲオルクには、ゴナンが嘘を口にしているとすぐに分かったが、あえて指摘はしなかった。
「なにか、突発的な事故だったんだな? リカルド殿やあのショーン騎士が君を放り出したわけではなく?」
「そ……、そんなこと、しません!」
ゴナンは思わず声を荒げる。しかしその直後、リカルドと交わした最後の会話を思い出した。
(……いや、そうだった……。リカルドは俺が、足手まといになったんだった…)
少しシュンと落ち込んだ様子のゴナン。ゲオルクは続けて尋ねる。
「まあ、ディルムッド殿も、あのミリアおうじょ…、オホン、……普通のミリア嬢、の主人であるエレーネ嬢の護衛が一番のようだからな。ナイフちゃんもそうだろう。彼女らは無事なんだな」
「……はい…、多分……」
ミリアが王女であろうことに気付いているゲオルクだが、この素朴な少年がそのことを知っているのかに、興味を持った。
「そういえばゴナンくん、君はなぜ、エレーネ嬢と一緒に旅をしているんだ?」
「…え、ええと、それは…」
「…あの、ミリア嬢、あの子も女官として付き従っている様子であるが、見たところ、なかなか高位な家のご令嬢にみえたけどね。そんな方々と君が一緒にいるのが…」
「ミ、ミリアは、影武者の普通のミリアです…!」
「……」
ゲオルクの言葉に被せるように、ゴナンが語気を強めて言ってくる。その勢いにゲオルクは、ああ…、と納得した。
(……影武者の普通の…。そうか、この子も知っているのか…)
カマをかけるまでもなかった。ゴナンが知っているということは、あの一行は皆、ミリアが王女であることを知っているのであろう。そしてそれを隠そうとしている。と、ここまで考えて、ゲオルクは思考を止めた。
(……と、ついつい探ってしまうのは、悪いクセだな。隣国の王女が誰と一緒にどこを視察していようと、今の私には関わりのないことだった)
少し不安げな表情でゲオルクを見ているゴナン。結局、ゴナンはゲオルクに何一つ、本当のことを言っていない。自分の『尋問』のせいで、この弱っている少年にいくつも嘘をつかせる結果になっていることに、ゲオルクは少し罪悪感を覚えた。
「……ゴナンはディルムッド殿に剣術を習っているのであったな」
話を変えるゲオルク。コクリとゴナンは頷く。
「かのショーン兄弟に剣を習えるとは、この国の多くの兵士が望んでも叶わないことであろう」
「…はい…。ディルみたいに、大きくて、強い人に習えて…、嬉しいです。俺もあんな風になりたい……」
そう、素直に気持ちを口にするゴナンに、ニコリと微笑むゲオルク。
「確かに大きくて強いな…。しかし、初めてディルムッド殿と話してみたが、噂で抱いていた印象とはだいぶ違ったよ。大型肉食獣のような苛烈な人物なのだと思っていたが、想像よりも遙かに優しく、弱く…」
「……!」
その言葉にゴナンがムッとする。と、ゲオルクは慌てて取り繕った。
「ああ、済まない。君の師匠を貶している訳ではないんだ。弱いという言い方は語弊があるな…。繊細というか、弱さを識っている、というべきか…」
「……?」
「十分に体格に恵まれているのに、さらにあのように岩の筋肉を鍛え続けないと気が済まないのも、心の奥底にある弱さを必死に隠し守ろうとしているからだろう。あれは心の鎧だ。ひとときも気を抜くことができず、鍛えないと怖い、そういうタイプに見える。きっと彼は騎士家に生まれていなかったら、争いごととは無縁の、繊細で涙もろく穏やかな人物であっただろうな」
「……そう、ですか…」
相づちを打つも、やはりむすっとした表情を崩さないゴナン。ゲオルクは眉を下げて微笑み、続ける。
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「彼を侮っているわけではないぞ。そういう人物なのにあのような鬼神のごとき強さを身に付けているというのだから、敵となった場合は逆に厄介なのだ。より一層、ディルムッド・ショーンに気をつけなければならないと、肝に銘じたところだよ。まあ、戦乱の世であれば、だがな」
「……」
「今はよき友人になれる。もちろん、ナイフちゃんや、君とだって」
「……はい…」
少し憮然としつつも頷くゴナンに微笑みかけ、ゲオルクは話を終えて読書に戻った。少し経つと、また眠り始めたゴナンの寝息がスウスウと聞こえてくる。
(……これは、いよいよオジさんは嫌われてしまったかな)
つい他人を見透かすような話をしてしまうのも、悪いクセだと反省するゲオルク。
(しかし、確かに、これからどう動くかは考えねばならないな…。巨大樹に見飽きると、この街は退屈が過ぎる)
あそこまでの巨木は帝国では見たことがない。その自然の奇跡は素晴らしいとは思うが、あまりにも観光地として整いすぎているエルダーリンドの街に、ゲオルクはやや辟易としていた。彼の嗜好として、ウキのような自然な人々の営みを見るのが好きなのだ。そういったことを考えながら、ゴナンの寝顔に目を遣る。
(……ともあれ、一人旅にこだわる必要はないか。このような少年と連れだっての旅というのも、また面白いかもしれないな)
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