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連載小説「オボステルラ」 番外編6「受難の宿屋」(4)


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番外編6「受難の宿屋」(4)


 その後、数日が経つ。

 ゲオルクは毎日、日中は街の散策に出かけるのがルーティンになっているようだった。話しかけられたという街の人が何人もいる。この何もない農村の何に興味を持っているのかは全くよく分からないが、なんだか楽しそうに過ごしているので何よりだ。

 一方でアーの方も、朝の起床は遅めだが、午前中から外出し夕方には戻ってくるのだが、こちらは行動がよくわからない。姿を見かけている街の者もいないようだ。毎回、あの財宝か何かの箱を背負って出かけているが、とても警戒心が強いのだろうか…。そして最初に食事のことを尋ねてきたわりに、結局、宿の食事を注文することもない。かといって、街のどこかの食堂で食事をしている様子もない。いったいどこで何をしているのか、かなり謎であった。

 が、ある雨の日、アーが一晩、宿に戻らなかった。事前に何も聞いていなかったので心配になる主人。街の自警団に尋ねてみるべきかとソワソワしていると、翌日午後にフラフラと戻ってきた。が……。

「……アーさん? 昨晩はどうしたんですか? 心配したんですよ」

「あー、ゴメンナサイ。連絡できなくって。迷惑かけたネ」

「いや、こちらは大丈夫ですが、しかし、その傷は……」

 アーの美しい顔にはたくさんの生傷が見えた。それに、殴られたような腫れも見える。歩き方も、腕や脚を痛めているような雰囲気だ。何か犯罪に遭ったのかと、ゾワッと戦慄する主人。

「アーさん……。このウキは田舎なもんで、治安が良い街ではありますが、その……、何か、よからぬ輩が…? 自警団に行きますか? それか、医者……、は男性だが、看護師は女性だから、看護師を呼んでくるか……」

「……え? あー、これは大丈夫。ちょっとヘタ打っただけだから。何でもないよ、気にしないで」

「ヘタ打った…?」

 女性の一人旅、このような傷を負うなんて、ただ事ではない。しかしアーは安心させるように微笑んで、「薬塗ったら、また出かけるから」とさっと部屋に戻って、すぐに再び出て行ってしまった。

(……何か、厄介なことが起こっているのではないだろうな…)

 と、アーと入れ替わるように、またあの旅の一行が現れた。いつもの4人に加えて、今日はクラウスマン夫妻も一緒だ。

「おや? 皆さん、お揃いでどうし……」

「ねえ、ご主人。ここに、ルチカって名前の人が泊まってない? 小柄な男性なんだけど」

「……?」

 女装の男性が挨拶もそこそこに尋ねてくる。宿泊客はゲオルク以外はアーだけだが、彼女は女性だし名前も違う。

「……いや、そんな人は泊まってねえよ。……ていうか、あんまり他のお客さんの情報を話しちまうのもどうかと思うんだけどな…」

 先に帝国人が泊まっているという話をしてしまったことは棚に上げ、主人はそう言って肩をすくめる。

「あら、そうね。でも教えてくれてありがとう」

 そう、その女装の男性はウインクしてくる。すると、主人の背後で「きゃっ」という声が聞こえた。いつの間にかアンナがそこにいた。そしてなぜかまた、頬を赤らめている。

「あら、娘さん? 可愛らしいお嬢さんね。そういえば、先生の青空学校に来ているのを見た気がするわ」

「は…、はい……。普通のミリアちゃんと……、一緒に遊んだりしました…」

「ふふ。そうだったわね」

「普通のミリアちゃん、体調を崩したって聞いて……。おだいじにって、伝えて、もらえれば……」

「ええ、ありがとう。でも、もう元気になっているのよ。今日は『あなユラ』を読むのに忙しいんですって。でも、伝えておくわね。お名前は?」

「……あ、アンナ、です……」

「アンナちゃん、かわいいお名前。私はナイフよ。ナイフちゃんと呼んでね」

「はい…。ナイフちゃん、さま……」

 そう、頬を赤らめてタジタジと答えるアンナに、主人は1つため息をつく。



 エドワードやらこの大人しそうな少年やら、もっと年代の近い男子が身近にいるのに、アンナがときめくのは、自分の父くらいの男性だとか、男っぽい女性だとか、女装の男性だとかばかりだ。少女の心が、父にはまったくよく分からない。とにかく、あまり恋多き女にはなってほしくないのだが…。

 と、そこにゲオルクが現れる。今日も街の散策から帰ってきた様子だ。アンナはさらに恥ずかしがってどこかに引っ込んでしまった。いや、物陰からこの一団の様子を盗み見ている。彼らはどうやら今夜一緒に飲む約束をしたようで、一行が去った後、良い店がないかゲオルクが尋ねてくる。

 そうしてゲオルクも自分の部屋へと戻っていった後、アンナが主人の下へやってくる。

「アンナ…。だから、皆さんとお話しするチャンスじゃないか。どうして隠れるんだ?」

「だって、何を話していいか分からないんだってば」

 エドワードをはじめ街の子ども達とは元気に話したり遊んだりするし、そこまで内弁慶でもないはずだが、やはりあのような妙な大人達相手だと怖じ気づいてしまうようだ。まだまだ可愛いものだな、と少し安心したように胸中で苦笑いしていると、アンナは目を輝かせて父に話してくる。

「なんだか、最近、とっても楽しい! 何か起こりそうな気がする」

「……」

(ああ、そうか…。アンナはこの人達の『非日常』な感じに、ときめいているのか)

 娯楽も何もない、毎年同じことしか起こらないこの街で、アンナにとってあの来訪者達は、これまでの人生で一番と言えるほどの大きな刺激をもたらしているようだった。

*  *  *

 イレギュラーな出来事は、まだまだ続いた。

 翌日、また街に見知らぬ人物が現れたという噂話が、宿の主人の下に届いてくる。

「なんか、でっかい卵みたいなものを背負って仮装した男の子が迷子になってたらしいが、ここにその親御さんが泊まっていたりしないか?」

 自警団の一員が、宿に尋ねに来た。主人は首を横に振る。

「いや、いまうちに泊まっているのは、一人旅の大人が2名だけだが」

「そうか。祭の仮装をうっかり早めにやっちまったのかと思ったんだがな」

 祭のときだけは、多くはないが他所から祭を観に物好きな観光客が訪れる。その客かと思ったようだった。

「まあ、見かけたら、保護者がどこにいるのか尋ねてみよう。といっても、この近くにはまとまった街はないけどな……。チュートの街まではかなり距離もあるし…」

「そうだな。こんな場所で迷子になって、かわいそうだな」

 そう打ち合わせて自警団の団員は去って行く。こんなに次から次にこの街へ知らない人が来るなんて、生まれて初めて経験する。アンナではないが、「いつもと違う」ことに、ほのかなワクワク感を抱き始めてきた主人。

 と、「こんにちは。昼食をいただきたいんだが」と客が来た。また、クラウスマン邸の客人一行だ。今日は巨人のショーン騎士はおらず、代わりに金髪美女が一緒だ。そういえばあの揉めた初日以降、「普通のミリアちゃん」の姿は見かけていないことに気付く主人。

「はい、大丈夫ですよ。お好きな席にどうぞ。メニューをお持ちします」

「ありがとう。僕は今日も、クックー肉の料理がいいな」

 リカルドがワクワクとメニューをめくる。料理を気に入ってくれているのか、なんだかすっかり通ってくれているのが有り難い限りだ。あのゴナンくんはおそらく牛乳を4杯は飲むだろうからと、奥の氷室から牛乳を多めに準備しておく主人。しかし、病気からは快癒しているようだが、相変わらず大人しい。そういう少年なんだろうか。

「こんにちは! おじさん、父ちゃんの使いで来ました」

 受付の方で元気な声がした。エドワードの父に頼んでいた野菜類を、彼が代理で納品に来てくれたようだ。

「おお、エドくん、ありがとう」

 主人は厨房からそちらへと急ぐ。相変わらず明るく元気な男の子だ。アンナもこのような子に興味を持てばいいのに、と微笑ましくエドワードを見ていたが、その彼は食堂の方を見るとハッと表情を曇らせた。その視線の先には、ゴナンがいる。この2人は仲良しになっていたと、アンナから聞いていたが…。

「…あ、…」

「……」

 しかし、2人の間には不穏な空気が流れている。ゴナンは目をそらし、エドワードは何も語らずに去ってしまった。

(おやおや、ケンカしてしまったのかな……)

 ケンカするほどなんとやらというものだ。この年頃の少年達ならば、むしろ健全だろう。ゴナンの生まれて初めての友達とのケンカだとは知らないから、主人はそんなことを呑気に考えている。その後、ゴナンも宿を出て行ってしまい、狼狽えるリカルドら3名が残る。

(いろいろムズカシイ年頃だな。しかし、あのリカルドさんの慌てようは、逆に子どものようだが……)

 リカルドの意外な弱みを見て主人はそうほくそ笑むと、牛乳の余りをまた氷室へと戻しに向かった。




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