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■再掲■ 連載小説「オボステルラ」 【第一章 鳥が来た】 10話「ゴナンの人生」(2)


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登場人物



10話「ゴナンの人生」(2)



 そうして、リカルドが去って2ヵ月が経っていた。

 ゴナンは痩せ細り、またハンモックにぐったりとしていることが多くなった。リカルドにもらったバンダナを握って。そして、ゴナンよりも急激に弱っていく人物がいた。ミィだ。

 ゴナンが気をつけて、水やわずかな食べ物もなるべくミィに分けるようにしていたのだが、ミィは次第に動けなくなっていった。もともと普通の10歳よりも幼く見えていたが、さらに体が小さい、5・6歳児のようだ。お腹だけがぽっこり出ている。

「…ゴナン兄ぃ。おなか、すいた…」

 ベッドにしているベンチの横に来たゴナンに、ミィは弱々しく訴えた。

「…ゴメンな…、水が少しあるから…、これを飲みな…」

ゴナンも喉が渇いているが、妹に飲ませる。泥水ではあるが、ないよりはマシだろう。体を支えて、口元にコップから水を入れようとするが、ミィはうまく口を動かせず、こぼしてしまう。

「ゴナン兄ぃ、あの、ピンクのくだもの、食べたい…」

 ミィがそう口にする。

 今、お屋敷に行って頼み込めば、食べ物はあるのだろうか? 妹が死にかけていると泣きつけば? いや、あの老人が無償で何かを分け与えることは、きっとありえない。こちらには交換できるものは、何もないのだから。そもそも、井戸が涸れたという話を聞いて以来、お屋敷の門は以前よりも固く閉ざされてしまっているのだ。

「…今日は無理だけど、兄ちゃんがお願いしてやるから…」

「…ああ、あまくって、びっくり…」

 ミィの言葉がうわ言のようになり、小さくなっていく。ゴナンはベンチの横にぐったり座ったまま、ミィの手を握っていた。

*  *  *

 …そのまま、夜。
ゴナンが握っていたその手は、冷たくなっていた。

「……ミィ…!ミィ…」

 ユーイが、ミィの亡骸を抱きながら号泣する。鋭利に胸をえぐってくる慟哭。父が亡くなったときも、こんな泣き声を聞いた気がした。兄達も硬い顔をしている。哀しみを押し殺すかのように、淡々と、弔いをどうするのかなどを話していた。ゴナンは床に座り込んで、涙も出ない。

 今朝まで、しゃべっていたのに、いなくなってしまった。

 お屋敷に泣きついてでも、果物を手に入れてくればよかった。

 深さも知れない喪失感だけが、ゴナンの脳裏を占めている。

(これも鳥の呪い…? 本当に呪いが、あるんなら。それなら…)

 無表情のゴナンを、アドルフが心配そうに見ていた。

「…ゴナン、大丈夫か…?」

「…うん…」

 ゴナンはよろっと立ち上がり、いつものハンモックへと戻ろうとした、が、体重をかけたとき、ハンモックの紐が片方、切れてしまった。支えようとしたアドルフもろとも、どさり、と倒れるゴナン。

「…おい…」

「ねえ、兄ちゃん…」

 倒れたまま、アドルフに声をかけるゴナン。

「これも…、ミィがあっという間に死んじゃったのも、鳥を見たせいかな。鳥が不幸をまきちらしてるのかな…」

「……」

「……だったらさ、鳥の呪いが本当なら、卵を得たら願いが叶うっていうのも、本当なんじゃないかな…」

 アドルフは体を起こして、ゴナンを見つめた。ゴナンは虚空を見つめながら思い出す。あの少女が背負っていたバッグ。あれは、本当に、卵ではなかったのか。




「俺が…、卵を探してきたら、ミィは生き返る…?」

「ゴナン…、死んだ人が生き返ることは、ないよ」

「…じゃあ、また、みんなで掘った泉から、水が出るようには、できる…?」

「…」

 ゴナンはそのまま、地べたにぐったり横になったまま、落ちるように、眠りについた。

*  *  *

「ゴナンは大丈夫か…?」

「…ああ、眠っただけのようだよ。相当、弱ってはいるけど」

 オズワルドが様子を見に来た。

「まさかミィの方が」「ゴナンより先に死んじまうなんてな…」

 双子も口調こそは元気だが、憔悴している表情だ。

「これでゴナンまで、死んでしまうと…」

 アドルフが、オズワルドのほうを見た。

「…そうだな…」

 そう呟いて天を仰ぐオズワルド。

 と、家の奥からユーイの泣き声が聞こえてきた。

「……うう…、ミィ、…あなた…」

 おっと、とオズワルドは母の元へ向かった。彼女が死んだ夫を呼ぶときは、心が不調になったときだ。普段ははつらつと元気なユーイも、年に数回、ひどく落ち込み寝込んでしまうことがある。今回はミィの死が引き金になってしまったのかもしれない。

「母さん、俺たちはみんないるから、さあ、ゆっくり寝て…。みんな、家族は、ここにいるから」

「うう…、あなた…、ミィ…」

 ユーイの胸を突くような泣き声を、そしてひたすらに語りかけるオズワルドの声を聞きながら、アドルフは自身の金髪のくせっ毛をくしゃっとかき混ぜた。



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