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連載小説「オボステルラ」 番外編6「受難の宿屋」(3)
番外編6「受難の宿屋」(3)
その翌日のことである。夕方近くに、宿の受付にまた1人、旅人が現れた。
「部屋空いてる? 何日間か泊まりたいんだけど。ここは食事はついてる? あちこち食べに出るの面倒だから。あと、部屋には少し大きな荷物を置いておけるスペースはある? ちょっと作業もしたいからできれば広い部屋がいいな。お金はあるから。4人部屋くらいの広さの部屋はあるかな?」
受付に着くなり、立て続けに質問をしてくるその人物に、宿の主人はまた、うっとなった。
(また、見知らぬ旅行客が現れた……)
もちろん宿屋なのだから客が増えることを喜ぶべきなのだが、とかくこの街では、いつも来ないような人の出入りが多いと不穏な予感がしてしまう。主人はその人物をじっと観察した。白に近い銀髪の頭には、ゴーグルをぐっとかき上げている。灰青の瞳の美しい顔立ちの……。
(……男? いや、女か? どっちだ……)
女性にしては着ている服や口調が男っぽいが、男性にしては背が低いし線が細い気がする。
「はい、ございますよ。あいにく、一番広い部屋は埋まってしまっておりますが、その次に広い部屋も4人までは泊まれるお部屋ですので。食事はそこの食堂で食べていただけます。必要な時は事前におっしゃってください」
領主が来た時用に準備している、最上階のスイートルームは、今はゲオルクが泊まっている。ポンとその宿代を出せるあたり、やはり帝国の貴族なのだろう。
「じゃあ、そこでよろしく」
そう言って、宿泊代や食事代も聞かずに宿帳に名前を書き始めるその人物。こちらもなかなかの金持ちかもしれない。貴族という感じでは無いが……。名前で性別を判断しようかと見てみるが、「アー」と殴り書きで書いてある。これでは性別が分からない。
「アー様。お荷物を運びましょうか?」
「ありがとう、でも大丈夫。扱いが難しいものがあるから。ヘタに責任負わせたくないしね、オキモチダケ」
そうアーは少しだけ微笑む。美しい顔立ちだ。男性にしては麗しすぎるが、女性にしては色気が随分足りない。やはり男性か……、と考えていると。
「おや、一番広い部屋は私が占領してしまっているよ、申し訳なかったね」
と、アーに声をかけて来た人物がいた。今日も散策から帰ってきたゲオルクだ。アーの顔を見ると、軽く膝を折り、華麗な帝国式の礼をする。
「美しいお嬢さん。もし良ければ、私が今泊まっている部屋をお譲りしましょうか?」
(……! おっと、女性だったか。危ない危ない)
ゲオルクは何かの確信を持って、女性として挨拶をしている様子だ。対してアーは、ゲオルクのその言葉に少し眉をひそめる。
「え? 部屋なんて、先に借りた者勝ちでしょ? 別に私は広さがあればいいから、譲ってくれなくて大丈夫だけど」
「おや、失礼。余計な申し出だったな、レディ」
そう言ってまた膝を折るゲオルクに、アーはさらに怪訝そうな表情だ。
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「女性の一人旅ならば、少しでも安全に過ごしていただいた方がいいかと思ったのだが……」
「別に私はずっと1人だから、ご心配なく。帝国の人にとっては珍しいことかもしれないけど」
そうにべも無く答えるアーにゲオルクは爽やかに微笑んでさらに一礼をすると、「ご主人、今日は晩飯の準備を頼む」と声をかけて、部屋へと戻っていった。何か揉め事が起きそうでハラハラしていたが、ゲオルクは噂に聞く帝国人の印象とは違って、女性への態度が優しげなタイプのようだった。ほっと胸をなで下ろす主人。本当に、心臓に悪い。
「では、アー様、ご案内しますので」
そうアーに申し出ると、彼女は宿の外に置いていたらしい大きな箱を背負ってやってくる。何か財宝でも入っているのだろうか? とにかく手を触れてはいけないようなので、あまり気にしないようにして階段を上っていった。
そうしてまた受付に戻ってくると、アンナがワクワクした表情で立っていた。
「どうした? アンナ。ゲオルクさんとお話したいのなら、声を掛ければいいのに」
「お父さん、今来た銀髪の方、素敵ね……」
またうっとりとした表情になっているアンナ。主人はギョッとする。娘にはそんなに恋多き女にはなってほしくない。
「ゲオルクさんとは全然、タイプが違うじゃないか。年齢もずっと若いぞ」
「それはそれ、これはこれでしょ? お父さんだって、エールも好きだしフラン酒も好きだし、キィ酒も好きじゃない」
「……」
本当に口が達者なことだ。主人はそんなアンナに、ふっと苦笑いを浮かべる。
「ただ、今の人は女性のようだぞ。残念だったな」
「女の人……?」
そう聞き一瞬驚いた表情をして、しかしアンナはまたうっとりの表情に戻る。
「…素敵……、女の人だなんて…」
「……?」
やはり、年頃の女の子の思考回路はよく分からない。
↓次の話↓
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