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連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】  5話「訪問者」(3)


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5話「訪問者」(3)


(…行ってしまった…)

 ゴナンは尻餅をついたまま、呆然と、巨大鳥が飛んで行った方向を眺めている。と、老人がゴナンの腹を激しく蹴った。

「……!」

「この野郎! よくも止めやがったな!」

 老人は燃えさかる金色の瞳でゴナンを睨み付ける。ゴナンはギッと目線を返した。

「……」

「…やはり、お前も仲間じゃねえか! この野郎!」

 何も言わず、やり返しても来ないゴナンを、老人はさらに2度、3度と蹴りつける。ツマルタで帝国軍人にやられたときに比べれば屁でもないが、それでも老人にしてはとんでもない力だ。両腕で頭や顔をガードしながら、地面に丸まって蹴りを受け続けるゴナン。

「……!」

「…おい、なんで何も言わねえんだ! 呪いの使者め!」

 そう言ってさらに、老人は大きな手でゴナンの細い頸をむんずと掴んで立たせた。そのまま、泉へと押しやる。バシャッと泉の中へ進んでいく2人。ゴナンは泳げないので、深みに行ってしまう前に、なんとか両手で老人の手を取って止まろうとした。その弾みで泉の浅瀬にバシャンと倒される。

 全身を濡らし、咳き込みながら、ゴナンはようやく言葉を発した。

「…ち、違い…、ます…。仲間じゃない…」

「…だったら、なんで、俺の邪魔をするんだ!」

「だから…、あいつらをやっつけても、もう、起こったことは、何も変わらない…」

 そう小さく口にして、泉に浸かったまま、体だけを起こすゴナン。

「うるせえ、きれいごとはいいんだ! 鳥は次は、いつ来るんだ!」

 叫び続ける老人。ゴナンは老人をまっすぐ見て、静かに答えた。

「…多分…、もう、来ない、です…」

「…なんだと…!」

「…だって、槍を持って襲ってくる人がいるって分かってる場所に、もう、来るわけ、ないだろっ…!」

 ゴナンは語気を強めた。巨大鳥だけならまだ分からなかったかもしれないが、今回は少女も一緒に襲われた。今までも人との接触を極力避けるような様子を見せていた彼らだ。ましてや襲い来る人間の元に来るはずがない。ゴナンは続ける。

「…俺だって…、やっと、鳥が戻ってきたのに…、乗せられないって、置いてかれて…、…困ってるんだ………っ!」

「……」

 そう叫んでゴナンはうつむく。こうなるともう、仲間が自分を見つけてくれるよう狼煙を上げ続けるしかない。それか、無理を承知でここを離れて一人で旅をするか…。

「…くそ…。次はまた30年後か…? 俺はそこまで生きられねえ…。くそ…!」

 老人はそう言い捨て、泉から上がって取り落としていた槍を持って、「フン」と息を吐き自宅の方へと帰っていく。ゴナンは呆然と泉の中に座り込んでいたが、ゆっくり立ち上がった。もう、夕方が近づいてくる。ひゅっと冷たい風がゴナンの濡れた体をなぜる。

「…う、さむ…」

 ゴナンは慌てて泉から上がって布で体を拭き、濡れた下着とバンダナは干して、他の服を全て身に纏った。そして罠の方を見に行くと、ウサギが1羽かかっていた。

「…よかった…。狩りに出る暇がなかったから…。今晩は保存食に頼らなくてもいいな…」

 そうして、手早くウサギをさばき、火を立てて調理する。いい具合に焼けてきたが、どうにも食が進まない。ゾクゾクと寒気がしてくる。

(…しまった…。熱が、出てきた…)

 先ほど濡れて、体を冷やしてしまったせいか。外気も冷えてきているようだ。焚き火に当たっているはずだが寒気が増してくる。そして、みるみる自身の熱が高くなっていくのを感じた。倦怠感に襲われる。

(…くそ…、また、俺は…)

 ゴナンは慌てて、ふらつく頭を支えながら、集めてあった薪を小屋の前に組んだかまどに寄せる。狼煙用に落ち木を多めに集めておいて良かった。せめて一晩中火を焚いて、体を冷やさないようにしないと。

 ゴナンは体を横たえた。恐らく、熱はとても高い。焚き火に向いている顔は火を受けてヒリヒリと熱くなるが、少し離れると寒気が襲ってくる。それでもウトウトと眠るが、薪が燃え尽きかけて火が弱まると寒さで目を覚まし、また木を補充する。一晩中、その繰り返しだ。高熱なのに、まともに眠れなかった。

(巨大鳥を見たから…、かな…。あのおじいさんにも、何か悪いことが、起こっているかも…)

*  *  *

 朝になり、日が射してきた。気温はぐっと上がったが、昨日までよりは幾分か寒いようだった。それでも夜よりはマシなので、ゴナンは日向に出て、夜眠れなかった分の睡眠を日中に取ることにする。

 自身の寒気は収まらず、熱も高いまま。昨日、食べ残したウサギの焼肉を口にしてみるが、ほとんど食べられない。コブルの実を採りに行きたいが、体を起こすのもきつかった。

 陽気に包まれて眠るゴナンに、しかし、悪夢が次々と襲い来る。干からびた故郷、死んだリカルド、もう2度と会えない仲間達…。うなされて目を覚まし、また眠り…。時折、体を起こして、何とか泉の水だけは飲む。本当は温かい物を飲めればいいのだろうが、水を加熱するための道具がない。老人からもらった陶器は、火には掛けられないだろうか。

 そうしてぐったりしている間に太陽は空を駆け抜け、地平に沈み行く。暗くなり、また気温がグングン下がっていく。

「…今夜も寒いのか…。もしかして、今からずっと、寒いのかな…」

 『冬』という季節がこの世の中に存在していることは知っているが、それが今まさに自分の所に届きそうになっているとは、ゴナンは想像もしていなかった。リカルドも、「冬」があまりにも常識過ぎて、いつごろ来るのか、どのような季節なのかを改めてゴナンに教えていなかったのだ。

 冬を知らないから、対処法も考えられない。重い体を動かし小屋に戻って、かろうじて焚き火に火をつける。この「すごい火打ち棒」があって、本当によかった。

(…でも、ずっとこのままだと、薪が足りなくなる…)

 昨晩、一晩中火をおこしていると、想像以上にたくさんの薪を消費した。ナタで割って乾燥させたようなきちんとした薪があればまだ別なのだろうが、ゴナンが拾っているのは細い落ち木ばかりなのだ。

(………寒い…)

 ゴナンは脚を抱え体を丸くして横たえる。あっという間に夜陰に沈むゴナン。ただボーッと焚き火の炎を見つめている。パチパチと燃える火を見ているだけで、少し心が落ち着く気がした。




(……俺…、このまま、死んじゃうのかな…。なんでこんな時に…。熱なんか出るんだ…)

 火には十分に当たっているのに、体がブルブルと震える。それでもウトウトと眠りに入る。1時間ほどが経って薪が燃え尽き、火が消えてしまった。真っ暗闇の空気がピリリと冷える。それでもゴナンは体を震わせながらも、この夜、それからずっと目を覚まさなかった。


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