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連載小説「オボステルラ」 番外編4「ストネの街のゴナン」(4・終話)


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【お詫び】ゴナンのあれこれがリカルドと再会する1ヵ月前と書いていたんですが、自分が書いた第一章〜第二章を読み返すと、それでは数字が合わないため、「再会する少し前」と曖昧に修正しました。


番外編4「ストネの街のゴナン」(4・終話)


「というわけで、うちで働くことになったデイジーちゃんよ」

 寮の部屋で、ロベリアとヒマワリにゴナンをそう、紹介するナイフ。ヒマワリは面白そうにゴナンを小突く。

「おー、やるじゃん、小僧! 偉いねえ」

「小僧じゃなくて、ゴナン、です……」

「いや、デイジーちゃんでしょ?」

「あ、デイジー、です…」

 その横で、ロベリアが少しソワソワした様子を見せていた。

「…ということは、デイジーちゃんにぴったりのドレスが必要だね」

「ロベリアちゃん、あなたのワードローブから貸してあげてくれると、嬉しいんだけど」

「もちろん。どれが似合うかな。色は淡い方が良さそうだね。あまり露出系ではない方がいいよね。ウィッグはつける? 慣れていないものをいきなりつけるのは、ちょっと邪魔かな?  短髪にでも合うようなラインのドレス…。スカートを着慣れていないだろうから、丈が短いものがいいかな……?」

 ロベリアがワクワクとした表情で、自分のクローゼットをあさり始める。落ち着いたおじさんの風体だったのに急にテンションが上がったロベリアに、ゴナンは驚いている。ナイフはヒマワリにも依頼する。

「お化粧はヒマワリちゃんが教えてあげて。私がやると、ドギツい派手色ばっかり選んじゃうのよ」

「いいけど、お化粧なんてパパッと塗るだけじゃん。私もここで働き始めてから覚えたけどなあ」

 そもそもの素材が良いので、化粧もそんなに濃くはないヒマワリ。ブツブツ言いながらも、しかし自分の化粧道具を引っ張り出し、シャドウやら口紅やらをあれこれ吟味し始める。何かと世話を焼いてくれる優しい人々に、ゴナンは戸惑いを隠せないまま、されるがままに飾り立てられていった。


ーー「……よし、ひとまずこれでよさそうね…!」

数十分後、「デイジーちゃん」が完成した。満足げに頷くナイフ。

「やっぱり。予想通りとっても似合うわ、デイジーちゃん」

「…そう……、ですか…?」

 ゴナンは鏡を見せられて、不思議そうに自分の顔を覗き込んでいる。

「こんなにいろんな色を、塗るんだ……、都会のお化粧って」

「あら、ゴナンの故郷のお化粧はどんな感じ?」

「果物をすりつぶした紅を唇と目の際に塗って、白い泥を溶いたのをおでこと鼻筋に塗る…、そんな感じ……、です…。お祭の日に、女の人が塗ってて……」

「……」

 やはり、文化レベルにかなり差がある土地のようだ。その辺りはゆっくり聞くことにして、ひとまずゴナンがやる気を出してくれているのだから、仕事を教えないといけない。

「じゃあ、今日からいろいろ教えていくわね。街の暮らしやお店のことに慣れてきたら、ラウンジに出てもらうから、それまでは裏方仕事ね」

「はい」

「ふふっ。頑張れば、すぐにトップを取れるかもね」

「トップ…?」

「ええとね…。お客さんにたくさん指名されて、たくさんおもてなしして、お客さんにたくさんお酒を飲んでもらって、……要は、一番お金を稼いでくれるキャストになるってこと」

 少し首を傾げながらも真剣にナイフの言を聞くゴナン。

「あの……、俺が、トップを取れば、ナイフちゃんは、嬉しい…、ですか?」

「そりゃあそうよ。お金をいっぱい稼がせてくれるんだからね」

「……じゃあ、俺、トップになって、ナイフちゃんに恩返し、します!」

 そう、意気高く宣言するゴナンに、ナイフは思わず笑ってしまった。なんとも素直で、清々しくまっすぐな子だ。こんな夜の世界に引きずり込むべき人材ではないとは思うが…。

「ふふっ。それでいいわよ。頑張ってね」

 そうウィンクするナイフに、ゴナンは「うん、頑張る。ナイフちゃん」と答えた。

 ゴナンがリカルドと無事再会を果たす少し前の出来事であった。

*  *  *

 「いやあ、偶然『フローラ』の裏で寝ていたっていうのが、本当に奇跡的だったね」

 そう感心したように話すリカルド。時は進み、今はウキの街。クラウスマン邸のリビングルームで、夕食後、ゴナンとナイフと共におしゃべりに興じている。3人でストネでの出来事を振り返っていた。

「俺、トップを取ってナイフちゃんに恩返ししないといけなかったのに…」

「あら、今からでも遅くないわよ。ストネに帰りましょっか?」

「あっ、ゴナン。それは蒸し返さないで。忘れよう!」

 またゴナンのやる気が変な方向に向きそうになったのを、慌てて止めるリカルド。ナイフはちっと舌打ちしてリカルドを睨む。

 と、ここでリカルドは、ずっと気に掛かっていた疑問を口にした。

「……そういえば、ゴナンはツマルタでも夜のお店で働こうとしていたって聞いたけど、それはつまり、『フローラ』で接客を習ってて、それを生かそうと思ってたってことだよね?」

「うん」

「…なんだか、いつも、接客に自信がありそうな素振りなのが、いささか気になっていたんだけど…。実際どんな感じなんだろう?」

 そう尋ねるリカルド。普段は無愛想で口数少なく、特に知らない人や怖そうな人の前ではシュンと静かになるゴナンは、お世辞にも接客向きとは思えない。『フローラ』でリカルドについてもらったときは普通に座っていただけだし、結局デビューの翌々日以降は『フローラ』の仕事は辞めさせたから、リカルドはまだ、ゴナンが接客する様子を一度も目にしていなかった。

 ゴナンはナイフの方を見て頷くと、「やってみるね」と、ソファに座るリカルドの隣に来た。

「パターン1、まずは、お客さんが女の人だった場合…」

「ん? あ、ああ、うん」

 と、ゴナンは何かのスイッチが入ったかのように、表情を穏やかにして微笑む。少し甘えるようなこんな笑顔、リカルドも一度も見たことがない。

「……オネーサン、どこから来たの?」

 優しく語りかけるゴナン。シミュレーションが始まったようだ。リカルドも思わず、演技に入る。

「えっと…。王都から来ましたー」

「へえ、すごいね。遠くから来たんだね。すごいなあ」

 そう言って、ニッコリ微笑んで、そして静かにリカルドの目を見つめ続ける。

「……あの…?」

「ああ、ごめんごめん、ボク、つい、見とれちゃった。オネーサン、キレイだから」

「……そんなこと、ないですよー」

 棒読みで演技を続けるリカルド。

「そんなこと言って、自分の魅力が分かってないんだね。ボク、なんか今日、オネーサンに運命を感じちゃったな」

「……」

「いやーすごいなー。うん、分かるよ。そうだね。分かる分かる。オネーサンの言うとおりだよ。シンパシーを感じるよー」

 普段のゴナンからは想像もつかない言葉と表情の連続に、呆気にとられるリカルド。ナイフはうんうんと満足げに頷いている。

「無理矢理、女言葉使わせても馴染まないと思ってね。女装してる可愛いボクっ子な感じのキャラで行こうと思ってプロデュースしたのよ。弟属性でね。上手よ、ゴナン」

(…なんだか、想像以上だ…)

 リカルドは少し圧倒されている。と、ゴナンが素の表情に戻って、設定変更を告げる。

「……で、次が、パターン2、男性のお客さんの場合」

 まだシミュレーションが続くようだ。ゴナンはリカルドになだれかかるように近寄ってきた。

「オニーサン、こういうお店は良く来るんですか?」

 今度は上目遣いで、少し唇をとがらせながら話しかけてくるゴナン。やや煽情的である。

「ええと、まあ、いろんなお店を知ってるからね」

「わー、さすがですねー。お酒にも詳しそうですね」

「…そうだね、いろんな街に行くと、いろんな地酒があるんだよ。そこでしか飲めないお酒もね」

「えー、そうなんですね。知らなかったですー」

 そう言って、リカルドの膝に手を乗せてくるゴナン。




「オニーサン、ファッションも素敵ですねー」

「え…、まあね。黒一色で地味に見えるけど、こだわっているんだよ。生地が違うんだ」

「わー、センスある~。そうなんですね~。勉強になる〜。デイジー、ちょっと感動しちゃうー」

 そう、キャッキャとはしゃいで見せて、そしてリカルドに腕を絡ませてきた。ここで素に戻るゴナン。

「……こんな感じ…」

「……ナイフちゃん!」

 リカルドは思わず、ゴナンの接客を満足げに見ていたナイフに詰め寄る。

「何よ。完璧じゃない。やっぱり飲み込みが早いわね、『デイジーちゃん』、惜しい人材だわ…」

「ナイフちゃん、ゴナンになんてことを教えてるんだよ! 危ないじゃないか!」

「私のお店でやる分には、危ないことにはならないわよ」

「そりゃあ、ナイフちゃんのもとでだったら、大丈夫だろうけど…」

「危ないって?」

 ゴナンが、リカルドに腕を絡ませた状態のまま尋ねてくる。リカルドはゴナンを離して、頭を抱えた。

「……その…、こういう振る舞いは、よからぬ人によからぬ思いを抱かせてしまうこともあるから…」

「……?」

「……とにかく、そもそも、未成年がこんなこと覚えちゃダメ。大人になってから、改めて、ね」

 リカルドはゴナンに言い聞かせる。ゴナンは不思議そうにしながら、うん、と頷いた。やはり口惜しそうにしているナイフ。

 と、ここでエレーネが通りすがった。

「あら、なんだか楽しそうね」

 エレーネの姿を見て、リカルドはハッと思いつく。

「……ゴナン。さっきの今で申し訳ないけど、前言撤回をするよ。接客の練習を、エレーネにもしてみてよ。男性相手の方のを、もう一度見たいな」

 少し悪い笑顔を浮かべながら、そう提案するリカルド。その意図を汲み取り、ナイフもニヤリとほくそ笑む。

「あら、そうね。実践練習よ、『デイジーちゃん』」

「……」

 ゴナンは無表情のまま、エレーネを見た。しかし目が合うと途端に、顔を下げてしまう。

「……俺、もう、眠くなったから…。お休み」

「……」

 そそくさとリビングルームを去るゴナン。後ろ姿を見ると、耳が赤くなっているようだ。首を傾げるエレーネに、クスクスと笑う悪い大人2人であった。

〈番外編「ストネの街のゴナン」了〉

※第五章スタートまで、もう少しお待たせします!



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