私が本当にやりたかった「人と向き合う仕事」の正体は、誰かの明日を守ること
共感性が高すぎるわたしみたいなタイプの人間は、マネージャーには向いていないのかもしれないなあ……。
たった1ヶ月前、ありがたいことに社内で「マネジメント力」が評価されたのにも関わらず、わたしはまたそんなことを真剣に悩んでいた。
マネージャーに向いていないかもしれないと思った理由は、共感性が高すぎるがゆえに(ストレングスファインダーでは3位)、人の感情を察知すると、感情がまるごと乗り移って、相手と同じように悩んだり落ち込んだりを繰り返してしまうから。
悩みの多い人生を送ってきたわたしは、どうやら似たようなタイプの人を好んで採用してしまうようで、気づくとわたしのチームには、光る個性を持ちながらも、不器用で繊細で悩みやすいメンバーが集まっていた。
彼らの感情の変化に気づくことができる、理解することができるという点では「マネジメントに向いている」と言えるのかもしれない。
だけど、わたしという人間はひとりだし、心もひとつしかない。メンバーの数だけ心があるわけではないから、心がいくつあっても足りないのだ。
それに、あくまでもわたしが会社に求められているのは「チームで成果を出すこと」であって、「メンバーの心をケアすること」ではない。
世の中には、他人に関心がない人や、相手の気持ちに寄り添うタイプではないマネージャーもたくさんいる。そんなドライな彼らのほうが、合理的に人を動かして成果を出せる、会社にとって必要なマネージャーなんじゃないか……?
と、ここまで極端な考え方をする必要はないかもしれないけれど、わたしは自分の「共感性」という資質の使い方を、ちゃんと考えないといけないなあと思っていた。
ところがつい数日前、そんな自分の考えを大きく揺るがすような出来事があった。
とあるメンバー(とても繊細で、自分の中に強い信念があるからこそ、日々生きづらさを感じることが多かった学生)とのやりとりの中で、「思っていた以上に、彼女がわたしの存在に感謝してくれていた」ことが判明したのだ。
そこに関しては鈍感なのか!と突っ込まれそうだけれど、わたしは彼女を含め、メンバー全員にとっていい上司でいられているのか、ずっと不安で自信がなかった。
彼女は、いつもわたしの何倍も高いところから社会を見ていて、様々なことに問題意識を抱えていた。
とても賢く、"正しさ"のものさしが人よりもはっきりしているがゆえに、周りの人が気に留めないような社会の歪みや黒い部分を敏感に感じ取って、いつも心を痛めていた。
ビジネスの世界では、たとえグレーでも暗黙の了解というものがたくさん存在しているから、そんな世界に引き込んでしまったわたしは、本当に彼女のことを幸せにできているのだろうか…と、ずっと気になっていた。
そんな彼女に数週間前、「インターンを辞めようと思っている」という相談を受けた。
理由は、「自分のような人間は、総合職には合わないことが分かったから」。
彼女がチームに来てから、なんだかんだ楽しんで仕事に取り組んでくれているし、チームにも馴染んでいるなあと思っていたから、その言葉を聞いた時は、頭から冷水を浴びたような衝撃を受けた。
翌日、面と向かって彼女に話を聞くと、
というような答えが返ってきた。
「その気持ち、痛いほどよくわかる……」と共感したくなるのを堪えて、話を聞くことに徹する。目の前の彼女は、少し前までの自分を見ているようだった。
彼女は、わたしが想像していたよりもずっと前から、深く悩んでいたのだ。表彰されたことに安心しきってそれに気づけなかった自分を、思い切り殴りたくなる。
彼女は今まで出会ってきたどんな人と比べても賢くて、会社の中でもかなり高いスキルの持ち主だった。わたしだけじゃなくて、周りの社員も、みんな高く評価していた。
彼女にもそれを伝え続けてきたつもりだったから、伝わっていなかったことに対して、少しの反省ともどかしさを感じる。
「あなたはこんなにも魅力があるのに……!」
「もっと自信持っていいのに……!」
喉まで出かかった台詞を、ぐっと飲み込んで彼女を見つめる。さっきから心に浮かんでくる言葉たちは、どれも今の彼女に伝えるべきではないものばかりだった。
会社(ひいては、社会)において、自分の信念を貫きたいと思いつつもそれが容易には叶わず、それでも自分を保とうとする過程で、いかに彼女が悩んだり傷ついたりしてきたのかが表情や声色から痛いほど伝わってきて、わたしは何も言えなくなってしまった。
話し方はいつもと変わらず理路整然としていたけれど、その時の彼女には、何かを必死に訴えているような、心が悲鳴をあげているような切迫感があるように見えた。
予定していた面談は時間切れになってしまい、「退職する」という彼女の決断を、わたしは変えることができなかった。
このまま彼女を引き止めることも、想いを伝えることも、できずに終わってしまうのだろうか。
もっと他にできることは、なかったのだろうか。
焦りと後悔が入り混じる心を落ち着かせながら、頭だけはフル回転で、「何かわたしに言えることは…」と、諦めきれずに言葉を探す。
ところが、帰り道で彼女は予想外の行動に出た。
「結局何も言えなかった…」と諦めの気持ちが膨らむ中、わたしが次の駅で降りようとした時、彼女はおもむろに鞄を開けてがさごそと手を動かし始めた。
そして、「誕生日プレゼントです」と言って、くしゃくしゃになった紙袋を、綺麗な袋に入れ替えて手渡してくれた。
わたしの誕生日を知ってくれていたことも、その上プレゼントを用意してくれていたことにも驚いたのに、その包みの中には、手紙まで入っていた。
「あ、手紙は帰ってから読んでください」と言ってはにかむ彼女の顔は、その日はじめて見る、純粋無垢な笑顔だった。
家に着いてすぐに中身を読んでみると、そこにはこう書かれていた。
わたしはそれを、繰り返し何度も読んだ。
心臓のあたりがぶわ、とあつくなって、視界が滲む。
するとそこで追い打ちをかけるように、スマホにメッセージが届いた。
そこには、手紙に書いてあったような内容に加えて、「この先のことは、もう少し考えてみます」と書かれていた。その理由を読んで、心臓の鼓動が速くなる。
「仕事は楽しいし、チームには愛着があるし、素敵な上司に恵まれているから。」
嬉しかった。
1年前、面接で彼女と出会ってから、ひたすら彼女の良さが活かせるような機会や役割を考えてきた。「自分の価値がわからない」という言葉を聞くたびに、いいところや、彼女がいてくれることへの感謝を何度も伝えてきた。ずっと、「伝われ……!」と祈りながら。
そんな彼女が、仕事が楽しいと言ってくれている。人間関係にも気を遣う彼女にとっての、居場所をつくることができている。そしてなにより、わたしの想いは、ちゃんと彼女に伝わっていた。
そのことが嬉しくて、嬉しくて、社会人になってはじめて、心から「仕事をしていて、よかった」と思えた。
その夜、わたしは考えた。
彼女を引き止めること、今の会社で成長してスキルを身につけることが、彼女にとっての幸せに繋がるかどうかはわからない。むしろ、その逆かもしれない。
だけど、仕事のことを一旦置いておいたら、わたしは上司として、彼女のことを幸せにできるんじゃないか。なぜかそこに関しては、自信を持ってそう言えた。
自信を失っていた数週間前とはえらい違いだなあと、自分でも笑ってしまう。もしかすると、とんだ自惚れかもしれない。
だけど今回のできごとを通して、わたしは改めて、自分の「どんな相手のことも理解したいと思う」「理解するための努力をし続けることができる」という性質が、誰かの心を救うことに繋がるんじゃないかと思ったのだ。
彼女をはじめ、彼女のように生きづらさを感じている人が、もっと生きやすくなるような、前向きに生きてみたいと思えるような、きっかけをつくりたい。
「チームのメンバーを率いて、成果を出す」ためのマネジメントよりも、「一人ひとりの感性を守って、伸ばして、少しでも前向きに生きられようになる」ための手助けがしたい。
わたしが今までずっと文章を書いてきたのも、根っこの部分には同じ想いがあったからだ。
ただ、それを仕事にしたいのか、そもそも仕事にできるのか、できるとしたらどんな形になるのかについては、ずっとわからなかった。
だけど、いま少しそれがわかったような気がする。
生きづらさを感じている人と関わることで、自分の「気づきすぎる、共感しすぎる」性質は、弱みではなく強みになるかもしれない。
わたしはこれから、自分にしかない資質が、強みとして誰かを救うことに繋がる道を探していきたいなあと、少しずつ思い始めている。
「人と向き合う」って、難しいし、責任も大きいし、心も体も、エネルギーをたくさん使う。
決して生半可な気持ちでできることではないから、わたしには無理かもしれない、と諦めかけていた。
だけど、身近な誰かが孤独や絶望を少しずつ手離していって、明るく軽やかな表情になっていくのを目の当たりにすると、そこには「もっと、明日に希望を持てる人が増えますように」と願っている自分がいることに気づく。
そしてできれば自分の存在が、そんな世界に近づくきっかけになったら、けっこう幸せかもしれないなあと思う。
ずっと、「人の変化に関わることは好きだけど、誰かの人生に責任を持ったり、深く関わるような仕事には向いていない」と思っていた。
だけど、今わたしが想像しているような「職業」以外にも、誰かの心を守る方法はあるかもしれない。
そういう方法を、探しにいきたい。
たくさんの人を一度に幸せにすることはできなくても、身近な人から、少しずつ。
自分だからこそ、できるやり方で。
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