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いい大人になる

 大人になる、そしていい大人になるとはどんなことだろう。
 37歳独身女性ハナの友情、愛情、キャリアを描いた角田光代さんの小説『薄闇シルエット』を手に取ってみた。

 家中に手作りのもので自分の城を築き上げた主婦の母も、二人の子供の育児で疲弊する妹のナエも、古着屋を共同経営するもののブランド品の買取をやり出した親友のチサトも、ハナはなりたくない。
 布絵本のデザインを依頼した、才能も行動力も驚くほど高く、溢れ出すアイディアをどんどん実現していくが、布絵本を大量生産に持ち運びにしようとするデザインナーのキリエも、ハナはなりたくない。
 「結婚してあげる、ちゃんとしてあげる」と友達の前で宣言する彼氏のタケダくんとの結婚生活を、ハナもしたくない。
 なりたくない、したくないこと、消去法の選択で生きてきたが、なりたいもの、したいことがはっきりしないうちに、変化していく周囲に置き去られる37歳、寂しく、もどかしく、悶々とした気持ちが伝わってくる。

何も掴み取っていない、何にも持っていないーそれはつまり、これから何でも掴めると言うことだ。間違えたら手放して、また何か掴んで、それを繰り返して、私はこれを持っていると言えるものが、たった一つでも見つかればいいじゃないか。それがたとえ60歳のときだって、いいじゃないか。

『薄闇シルエット』

 でもハナは掴み取るものを探し続けていく。
 
 ちょうど同じ時期にタイで映画『Blue Giant』を観てハナと正反対の主役ダイの情熱と熱量に心を撃たれた。 

 世界一のJazzプレーヤーを志すダイは毎日欠かさずサックスの練習を重ねる。そして日本一のジャズクラブ「So Blue」のステージにあがる目標を達成させた。3年間で実現できたのは、ダイには音楽才能と努力する決心があったからだろう。Jazzサックスというものを掴み取ったダイの、目標に向かう情熱に観客の心が動いたんだろう。
 ハナはきっと私と同じようにダイを羨ましがるのだろう。
 ハナのように、自分にどんな才能があるか、叶えたい望みは何か、向かうべき指針灯はどこにあるか、大人の形をしてもまだはっきりわからない大人は多いだろう。10代、20代で想像していた、30代、40代にもなれば自然にわかってくるだろうことが浮かび出てこないままに私たちは大人の形になってしまった。
 でも、そんなもどかしさを抱えながらも、「掴み取る」ものを探し続ける勇気と踏み出す小さな一歩一歩も大人への道ではないだろうか
。完成形の大人はいないと思うから、未完成であっても探し続けるように止まらないのは大人だ。
 ハナが言うように、「間違えたら手放して、また何か掴んで、それを繰り返して」、「これを持っていると言えるものが、たった一つでも見つかればいいじゃないか。それがたとえ60歳のときだって、いいじゃないか」。
 一歩一歩、大人に、いい大人になりたい。


HP:https://nana-zai-jp.com/


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