無名な僕が出版社に企画を持ち込み、出版するまでに起きた物語(2)~一人では何もできないことを確信していくのも、執筆なのだろう~
どうやって出版すればいいのか途方に暮れる
先生の死を意識してから企画が一気に進み、一応の完成を見せたのは、このプロジェクトが始まってから7年目の2023年だった。
書いたものを自分で読み返す。
このままでは売れない。
正直な話、そう感じた。
自分が面白いと思えるものを書いた。それはもうべらぼうに面白い。これほど面白い内容があるのか、というくらい面白い。「なるほど」と感じる部分も、「分かるなぁ」と共感する箇所もたくさんある。
ただ、僕以外の人がこの「面白さ」を理解するかというと、そこには疑問があった。
そこで編集者を探すことにした。
というのも、これまでずっと僕の原稿を読んでくれていたW君が、
「そろそろ編集者を見つけた方がいいんじゃないですか?出版するんですよね?」
と事あるごとに言ってくれていたからだ。
しかし困ってしまった。どうやって編集者とつながればいいのかまったく見当がつかない。
まず思いついたのは、かつて先生の本を担当した編集者だった。しかし、話を聞くとすでに定年退職をしているようで頼れそうにない。
それならばと、まずは先生にどうやって本を出版したのか聞いてみた。やはり、それも参考にならない話だった。
「翻訳のときは、向こうの編集者が『あなたしかできないからやってほしい』と仕事場に押しかけて来た」
「他の本の時は、自分で執筆した原稿を直接出版社に持ち込んだんだ。そうしたら、相手からその企画とは別の本を書かないかと言われて、全く別の本を書くことになった」
どちらも参考になりそうになかった。
本屋に行って探す
GoogleやSNSで検索すれば、意外と簡単に編集者を見つけられることができた。
しかし、人数があまりに多く、担当しているジャンルもさまざまだった。
雑誌の編集者。漫画の編集者。絵本の編集者……。その中の誰と話をすればいいのか見当がつかなかった。さらに、いきなり声をかけるのはどこか恥ずかしく、失礼に感じたのも事実だった。
そこで、何百冊もの本をあさり、あとがきに名前が載っている編集者を探すことにした。相手がどんな仕事をしているかちょっとでも知ることができれば、話のきっかけもつかめるだろうと考えたのだ。
しかし、ビジネス書や自己啓発本のあとがきを読んでみると驚いた。
編集者の名前がほとんど載っていなかったのだ。体感としては、わずか1~3%程度。ほとんど名前が書かれない印象だった。
これは意外だった。
正直、もっと名前が記載されているものだと思っていたのだ。
もちろん、僕の手に取った本がたまたまそうだった可能性もある。
近所の書店のラインナップが偶然そういった本ばかりだったのかもしれない。
東京から少し離れた新興住宅地にある書店では、実際そうだったのである。
なにはともあれ、名前が載っていた本を買い、編集者の一覧を作った。そして、その人たちの名前でSNSを検索する。プロフィールが見つかり、過去に編集した書籍も確認できた。
その中から、それまで手掛けた本のタイトルを調べる。自分の原稿に興味を持ってくれそうな編集者を10人以上選び出す。さらに、彼ら・彼女たちが手掛けた書籍も実際に読んでみる。
そういった調査の結果を先生とW君と僕の3人で共有。話し合いの結果、数名に声をかけることに決めた。
とはいえ、どうやって声をかければいいのか?
初めての企画書
僕の思いつくような疑問の答えは、ネットを探せば容易に見つけることができた。
「どうやら、出版企画書なるものが必要らしい」
出版企画書とは、出版を希望する人が出版社や編集者に向けて、本の内容や読者層、販売戦略といったことをまとめた資料だ。
この時調べてみて驚いたのだが、どうやら通常は本文を書く前に出版企画書を作成するのが一般的らしい。
つまり、企画が通ってから本文を書き始めるのだ。
考えてみれば当然だ。せっかく書いた原稿が本にならなければ、その労力が無駄になってしまうのだから。
しかし、こちらはすでに本文を書いてしまっている。だから、これまで書いてきた内容を企画書のフォーマットに落とし込んでいく。
概要、想定読者、目次、特徴、ベンチマークにしている書籍、プロフィールなど……。
そうやってまとめた出版企画書を目星をつけていた人達に、時間差をつけて、それぞれに送ることにした。
編集者からの返信
編集者の人たちは優しかった。忙しいはずなのに、感想の返信をくれただけでなく、ZOOMで話をする機会を設けてくれた人もいた。
しかし、それぞれの編集者の言葉の行間から感じ取れる雰囲気は、
「この原稿は扱いづらい」
というものだった。
「面白いものだということは分かるが、筋の通った話として読みづらい」
「一つ一つの話題は面白い。しかし、内容がまとまっていない」
といった印象で、つまるところ「手に負えない」 そんな雰囲気だった。
ただ、この編集者との短いやり取りは非常に参考になった。
問題点を客観的に把握することができたからだ。
問題が把握できたなら、改善すればいい。
そうシンプルに考えることができた。
大幅な書き直し
この時すでに単行本のサイズで300ページ以上、14万文字ほどあった原稿に大幅に手をいれることにした。
一章をまるごと削る。
大きく文体を変更。
登場人物の追加。
キャラクターの練り直し。
最終的には全体の文章から4割近く削り落とし、全ての文に手を入れた。
そうやって修正した原稿を先生に見せたある日、
「ナメらしさがなくなったな」
と、先生から最上の褒め言葉が出た。
W君からも、
「細かい表現のブラッシュアップは必要だけど、ざっくりと感想を言うと、とても面白かった。引き込まれた」
なんて事も言われた。
この頃になると、先生の体調も以前よりかは少し良くなっていた。
体に合わなかった薬を別の薬に変えたのが良かったのかもしれない。僕の原稿が一応の目処がついたことで、先生のストレスが少し減ったのかもしれない。
いずれにしろ、喜ばしいことであった。
ただ、先生は少し体力が回復すると、痛みで4年ほど執筆をやめていたのに、いきなり準備運動なしに何やら原稿を書き始めてしまったのには僕もW君も驚かされてしまったけど……。
友人の指摘とアドバイス
編集者の意見を聞いてから半年以上かけて書き直しが終わると、今まで一度も読んでもらったことのない友人たちに頼み込んで、感想を聞くことにした。
そうすると様々な反響があった。
長文での感想をくれた人や、LINEで1週間以上かけてやり取りした人、ZOOMで感想をもらったりした。
僕には耳の痛い意見もあった。
しかし、本当に全て納得がいくものばかりだった。だから、書き直しをすることになった。執筆とは、書き直しであると思った。
いまから振り返ってみると痛感することがある。僕の書いていた原稿は決して一人で書いたとは言えない。先生やW君だけでなく、読んで感想をもらった多くの人たちの手によって出来上がっている。
結局のところ、人は一人では何もできないことを確信していくのも、執筆なのだろう。
出版社に送る
原稿の修正が終わったので、今回は出版社に直接送ることにした。
前回と違い、編集者ではなく出版社に送った。理由はなかった。なんとなくであった。
出版社向けに企画書をさらに書き直し、WEBサイトで公募をしているいくつかの出版社に送る。
その中の1社から返信が来た。
それは50年以上の歴史を持つ出版社の編集者からだった。
そこから話が進み、トントン拍子で出版が決まる。
原稿を送り、編集者の方と会って話をする。数週間後には会社の企画会議にかけられ、出版が正式に決まったのだ。
しかし、これで全てが終わったわけではない。ここから怒涛の書き直しが始まることになる。当然である、それが執筆だからだ。
編集者の方が直したほうがいいところを指摘してくれたこともあって、僕の中でもっと良くなるような感覚を得てしまったのだ。
さらに、体調が戻ってきた先生から「とある章の分析が間違っている」と指摘される。その部分について、1か月以上にわたって言い合いながら全面的に書き直すことにもなった。
ただ、僕があまりに修正をしすぎるため、編集者の人に迷惑をかける事になってしまった。ただ、最後にはなんとか僕たちが納得できるものなった。
編集者は「読んだ人がどう生きていくか、自分で考える契機をあたえてくれるとってもいい本だと毎回感じます」と嬉しいことも言ってくれた。
書き直したところを読んだ先生も「この部分だけは他の部分よりも飛び抜けたな」なんてことを言ってくれた。
どうやら書き直したかいはあったようだ。
しかし、自分の仕事全く関係がないのに、7年もかけて執筆をすることになってしまったのか。
いま振り返ってもその理由はよくわからない。
だけど、たぶんそれは、僕と先生の出会いまで遡ることになるのだろう。
(続く)
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