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村弘氏穂の『日経下段』2017.4.1~

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土曜版日本經濟新聞の歌壇の下の段の寸評
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2017年9月の記事一覧

村弘氏穂の日経下段 #27 (2017.9.30)

村弘氏穂の日経下段 #27 (2017.9.30)

悦ちゃんの青いパンプス光ってる蜂の巣退治してきた後で

(名古屋 柴田敦子)  

 つい今朝のことなんだけど岩手県の一関市の路上で、園児たちがスズメバチに刺されるという事件がありました。いずれも軽傷だったということで一安心ですが、生きている限り共存し続けるであろう数多の昆虫の恐怖症に陥るのでは、と少し心配になります。
 さて、こちらの敦ちゃんによる悦ちゃんの短歌ですが、黒色や青色は蜂に狙われやす

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村弘氏穂の日経下段 #26 (2017.9.23)

村弘氏穂の日経下段 #26 (2017.9.23)

ザクザクと伸びた前髪切りすぎて生きてる証探ってゆく日々

 (東京 野原 豆) 

 前髪を切りすぎたという私的生活の一大事を詠っていながらも、歌の全体像からはどことなく前向きな姿勢が見受けられる。そこに奇妙で瑞々しい面白さがある作品だ。その要因の一つは初句の「ザクザク」というオノマトペだろう。そこには、うっかり切りすぎたというよりは、むしろ潔く思い切った感が溢れている。おそらくそれが、切ってしま

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村弘氏穂の日経下段 #25 (2017.9.16)

村弘氏穂の日経下段 #25 (2017.9.16)



白昼夢を見ていたようだ真昼間のドトールに漂う死の香りかな 

(東京 上坂あゆ美) 

 この真昼間の妄想は、例えばブラジルで踊っているような陽気なものではないだろう。コロンビアでマフィアに浚われたとか、エチオピアでエリトリアとの国境紛争に巻き込まれたとか、そのような酷い出来事が浮かんでくる。ドトールの店内において焙煎される南米や東阿のコーヒー豆の香りに勝る死の香りを漂わせる白昼夢には、きっと

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村弘氏穂の日経下段 #24 (2017.9.9)

村弘氏穂の日経下段 #24 (2017.9.9)

鉄棒で逆上がりをする牛いれば夕焼けはきっと朝まで続く

 (延岡 戸高豊文)

 遅々として逆上がらない牛の絵が焼き付いて脳裏から消えない。「牛」という動物をセレクトした段階でもうこの作品のユーモアは確約されている。もちろん亀でもナマケモノでも構わないが、有り得ない事象を詠んだ歌は、有り得ない度が高ければ高いほど安心して、有り得なさの可笑しみを深く味わうことができるのだ。また、牛歩という言葉もある

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村弘氏穂の日経下段 #23 (2017.9.2)

村弘氏穂の日経下段 #23 (2017.9.2)

祝ふとはおほかた音を立つること拍手・歌声・祝砲・花火と 

 (横須賀 丹羽 利一)

 祝福は届けるためにある。中でも、耳に届けることが多いだろう。祝杯の際の乾杯でも祭礼の音楽もしかり、祝事には音が不可欠のようだ。ただし、受け取った勝者はもちろん喜ぶだろうが、祝福する側がそれ以上に歓喜することもある。わざわざ結句末尾に助詞を付けてまで、字余りを作った理由は何だろう。もしかしたら並立助詞のあとには

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