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村弘氏穂の日経下段 #27 (2017.9.30)

悦ちゃんの青いパンプス光ってる蜂の巣退治してきた後で

(名古屋 柴田敦子)  

 つい今朝のことなんだけど岩手県の一関市の路上で、園児たちがスズメバチに刺されるという事件がありました。いずれも軽傷だったということで一安心ですが、生きている限り共存し続けるであろう数多の昆虫の恐怖症に陥るのでは、と少し心配になります。
 さて、こちらの敦ちゃんによる悦ちゃんの短歌ですが、黒色や青色は蜂に狙われやすいからご法度であり、蜂の巣を駆除する際には白い帽子や白い靴、白装束を身にまとうのが一般的だ。つまり青いパンプスから白い長靴に履き替えて、また青いパンプスに戻った様子を窺い知ることができる。まるで秋の空のような履き替えだが、今は間違いなく秋晴れだ。作品は足元に注目しているが、実際に光っているのは悦ちゃんの晴れ晴れしい笑顔だろう。蜂の巣を退治して安心できる青空を手に入れた喜びを表現しているのは、大地を青で踏みしめている両足なのだ。 



夕ぐれてひややかなればひとすじのかなかなの声死者に従きゆく

 (取手 長瀬道子)

  美しい旋律に従って読み進めてゆくと、結句にて突如出現する「死者」に出くわして、はっとさせられた。かなかな(ヒグラシ)は秋の季語だが、その寂しさを引き出してあまりある修辞に溢れた作品だ。鳴き声であるその音を「ひとすじの」と喩えたことで、耳のみならず視覚にまでもその情緒が訴えてくる。さらに序盤から20音も続く平仮名は、連符のように読む者の目を奪う。また、そのことにより「かな」という文字は都合三回登場して、もの悲しいかなかなのリフレインが止まない。その一連の音響を構成している指揮者こそが「死者」であるというのだからおそろしくも美しい。きっとこの世で共存する人間と昆虫は、あの世でも響き合う宿命なのだろう。もはやこの詩は、ショパンのピアノソナタ第2番変ロ長調みたいなレクイエムだ。

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