だから上向きなメイクをする
鏡を見て、メイクをする時間。
多くの女性がこの時間を好きな時間と言う。
(東京都在住・私調べ)
でも私は、この時間がとても嫌い。
世の中的に、メイクをしないで出かける女性はマナーがなってない、みたいな風潮があるらしくて、
仕方なくメイクをしなきゃいけないから仕方なくやってる。
(この噂も東京都在住の私調べ)
毛穴がある肌を下地で隠して
ファンデーションという絵の具で色を塗る
さらにその上から選りすぐりのコンシーラーで隠れなかったシミを隠す
そこまでして、何かがある訳では無い
今日も何も無いこと、分かってて私は自分の身体にあるキャンバスに新しい私を描く
新しいけど、でも毎日同じ私。
アイラインで目を大きく見せて
ハイライトとシャドウで顔のメリハリをつけるの
私の人生にメリハリなんて1mmも無いのにね
最後に好きな色のルージュ
顔の中で1番華やかな色
この瞬間だけは唯一好き。
パッと何かが変わったような気持ちにさせてくれるから。
メイクで生まれた私と目を合わせて、
どこか遠い目でニコッと笑う。
このメイクを初めて褒めてくれた彼は
もう、傍にいないのに。
昔は大好きだった。
メイクをして、毎日新しい自分を見ることが大好きだった。
今日もきっといい日になるって、自分におまじないをかける気持ちで自分の顔を描いた。
でも今は、新しいようで、毎日同じ私しか、描けない。
どこかにいつも彼の影が付き纏う。
この色は彼が好きで
このメイクは彼が好きなあの子に似ているメイクで
この笑顔は、彼が
遠い昔に、好きだと言ってくれた笑顔で。
笑顔が最強のメイクだなんて言葉、馬鹿げてる。
私にはそんな言葉、二度とかけないで。
でもほら、今開いてる雑誌の隅にも
『秋らしい色で笑顔をより一層引き立てる』って書いてあるでしょ。
引き立てないでよ。
これ以上、付き纏わないでよ。
それでもメイクをしないと
彼に好きだと言って貰えたあの頃の私が
消えてなくなってしまいそうで
それは嫌だからほら、アイラインが無くなってもまた同じメーカーの同じ色を買うの。
女々しいなんて分かってる。
でもそんな時くらい女でいさせてよ。
だったらメイク嫌いなんて言わない方がいいって?
でも嫌いなんだもの。
どんなクレンジングでも落ちない、あの頃の私が貼り付いて消えないから
そしてそいつは、鏡の中から私を見て言うの
「わぁ、私にそっくりね」
10年経ってもさほど変わらないメイクは
いつどこにいても、彼が私を見つけてくれるように
霧のようにいなくなって
誰の目にも見えなくなったあの日
涙とともに掠れるような声で
「大好きな茉莉花の笑顔に、いつも救われてたよ」
振り絞った笑顔で
「僕のことは気にしないで、幸せになってね」
鳴り響いた機械音が、彼の終わりを告げて
私はあの日から、もう
彼を気にしないなんて無理なんだよ
だから今日も変わらないメイク
周りに言われる
「そろそろ恋愛してもいいんじゃない?」
でも私、彼を忘れたいからメイクの時間が嫌いなんじゃなくて
もういない彼の姿を追っている私が嫌いなの
でも同時に、その時間がとても幸せなの
不幸で、苦しくて、それでもそこには愛しかなくて
でも、もう涙は出ないの
涙を流すとメイクが崩れて、彼が見つけてくれないような気がするから。
ビューラーでまつ毛を思い切り上げる。
私の心はいつまでも上向きになんてならないのに
まつ毛だけはされるがままにギュンって上がるの。
私の気持ちだけを置き去りにして
今日も私が完成する。
私が私で居続けることに、終止符を打つその日まで。
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