見出し画像

夏、大人になった俺たちは



茹だるような暑さの日。
俺はノートを持って外に出た。

34歳、俺。現在無職。
いや、漫画家志望の夢見る少年。
いや、実家暮らしのくそニート。

室内でも少し熱くなった小銭を握って、コンビニに入る。
氷入りのカフェラテと、ソフトクリームを持って、レジに小銭を置く。
無人でもガラガラと音を立てて収納される小銭を眺め、レシートを取らず外に出た。

外に出て、公園のベンチに座った。
もちろん日陰。ただそんなことは関係なく暑い。

小学3年の夏休みに、この公園でよく遊んでいた男の子。今、何しているだろうか。
その子とこのベンチで約束した格好いい大人には、微塵もなれちゃいない。

俺はソフトクリームを開けて、少し見つめる。

「ねーねー、それ、なんて言うの」

いつの間にか隣に座り、俺に話しかけてきた宇宙人。

「…ソフトクリーム」
「そふと、くりぃむ。いいね、それ」
「食べてみる?」
「うん、ありがとう」

俺は宇宙人にソフトクリームを渡す。
長い指を巻き付けて、歯の無い口を開け、ソフトクリームのミルクの部分を丸呑みした。

「あ」
「ありがとう、美味しいね」

俺は返されたコーンを見てはははっ…と笑った。

「怒ってる?」
「いや、一口って言わなかった俺が悪いもんな」
「そんなことないよ、悪いのはボクだよ」
「じゃあそんなこと聞くなよ。いいよ、また買えばいいから」

宇宙人は俺のポケットにある小銭を出して
「これじゃ買えないじゃん」
と言った。

「家に帰れば、もう少しあるんだよ」
俺は宇宙人から小銭を取り返してポケットにしまった。

「もう、あの頃みたいに手の届かないものじゃなくなったんだね」
「……あぁ。欲しいものを欲しい時に買える。そんな人間になったよ」
「じゃあ、もうキミは立派な大人だね」
「そうだな」

俺は氷が少し溶けて薄くなったカフェオレのストローをくわえる。

「でも、格好よくはなれなかったよ」

一口、吸って飲む。
隣の木の蝉が酷く近くで鳴き叫び、俺の虚しい声をかき消した。

「……」

沈黙。暑さで前にある公園の遊具達に陽炎が出来ている。

ゆらゆら、ゆらゆら

「格好悪くなんてないじゃないか」

宇宙人はベンチから立ち上がり、日光の下、陽炎の中に立った。

「生きているだけで、格好いいよ」

宇宙人は笑う。
俺も、笑う。

「そうか、そうだったな」

子どもの時。ある時から
この世界は自殺志願者が増えていった。
それは俺の周りでもそうで。

それは

未曾有のウイルスのせい
人間関係の蟠りのせい
先の見えない未来のせい

俺たちが手に負えなくなった、地球の未来のせい

政権なんてものはあるようで、きっと無い。
唯一生きている人間は僅かで、その中で俺も生きている。
きっと今生きているやつらは、俺のように死へ無関心な肉の塊。

それでも、それでも生きているのは

「お前にまた、会える気がしてたからかな」

小学3年の夏休み。今より少し陽は弱い。
それでも暑い外、日光の下ベンチの上で。
俺たちは約束をした。

「格好いい大人になって、生きていよう」と。

「今思えば、お前はこうなる未来を知ってたんだな」
「そうだよ」
「だから、地球にいたのか」
「うん、そうだよ」
「あの時は、まだ人間の姿だったのに」
「もう隠れる必要もないからね。日本人は僕らに無関心だ」
「外人は?」
「彼らも、最近は無関心になってきたよ」
「そうか」
「あの時みたいに、久しぶりに楽しく遊びたいなと思って来たんだ」
「そうか、生憎俺は遊ぶ元気ももう無いみたいだ」
「そっか」
「ただ、これだけお前に渡したくて」
俺はノートを宇宙人の前に出した。

「なに、これ?」
「俺の、格好いいところだよ」

俺は、その場に倒れる。
ようやく、薬が効いてきたようだ。
息が荒くなる。

ノートを開いた宇宙人は涙を流し、笑った。

「約束、果たせたかな」
「うん、すごく嬉しいよ、ありがとう」
「そっか、なら良かった」
「でも、死んじゃったらそれは約束破りじゃん」
「そうだな…ごめん、でも俺ももう疲れちゃったみたいだ」
「そっか」
「だから、次会う時はまたお前と遊べる環境でいたいな。一生、ずっとその日のまま」
「そうだね。待ってる」
「ありがとう。待っててよ。すぐ帰ってくる」
「うん」

茹だるような暑さの中、俺は間もなく息を引き取る。
享年34歳。死因は自殺。

この年の自殺率は例年より非常に高かったそうだ。
現在の世界の人口は 人間1:宇宙人9らしい。
いや、恐らくもっと。

俺の手から転がったソフトクリームのコーンが
宇宙人の彼の足に当たる。

「またね」

うっすら見えた彼の姿は、あの日と変わらない子どもの姿で。
俺の描いたあの日の絵をこちらに見せて笑っていた。

次会うときは、自分を見失わないで生きる
格好いい大人でありたいと、そう思った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?