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正しいティッシュの使い方


「ティシューちょうだい」
「何に使うの」
「コンタクトの液こぼしちゃったから拭きたい」
「だったらこっちのティッシュ使わないで、あっちの使って」

私は棚の上にあるティッシュ箱を指さした。

「なんで」
「こっちは高いの。セレブリティなティッシュなわけ。肌に触れること以外は使わないで欲しいの」
「なんだよ、それ。変わらねぇだろ」
「変わるんですー。お高いんですー。肌ざわりが違うんですー」

捲し立てるように私は彼に顔を近づけて言った。
彼は少し後ずさりして、

「わかったよ、面倒くせぇな」

と言って渋々立ち上がった。

「本当、最近減りが早いなと思ってた。どうでもいい事にも使ってたのね」
「だって俺にとってはティシューはティシューだから」
「そしてそのティシューって言うのやめて。なんか面白い」
「英語での発音はこっちだから。向こうでティッシュなんて言ってたら恥ずかしいぜ。俺、帰国子女だからごめん」
「その発言が1番恥ずかしいことに気づいてね」
「百発百中で笑ってもらえるからオススメのネタです」
「残念、その笑いは面白さではなくて嘲笑です」
「ちげーよ、ふざけんな」

彼は取ってきたティッシュで零れたコンタクト洗浄液を拭いた。
その一部だけ濡れたティッシュは、丸められゴミ箱の中へ。

「まだ使えるのに」
「何に使うんだよ。もう濡れてるし」
「またなにか零すかもよ」
「お前なぁ、そんな貧乏性みたいなこと言うの止めろよ」
「貧乏性??普通じゃない、こんなの。ティッシュだって高いんだから」
「5箱200いくらとかじゃんか。無くなったらまた買えばいいだろ」
「それがチリツモなのよ。だからこそ大事なティッシュは大事な用途、普通のティッシュは普通の用途で沢山大事に使いたいの。本当、買い物してない人はこれだから」

私は呆れてため息をつく。
それを見て彼は同じく呆れた笑みを浮かべて私に言った。

「なんだよ、その言い方。じゃあお前、食べ物が無くなった時に手元にそのセレブティシューしかなかったら、それ食べねぇのかよ」
「何その例え。そんな状況有り得ないでしょ」
「いーや、有り得るね。万が一、もしもの話だから」
「食べるわけないじゃん美味しくないんだから。そもそも栄養価だって無いし」
「ふっ、お前はそのセレブリティティシューの本質を分かっていないようだな」
「は?」

彼は私の手元にあったセレブリティなティッシュを1枚取った。

「あ、ちょっと」
「いいから」

彼はそれを半分破って口に入れる。

「え、何してんの!」
「美味い」
「え?」
「上手いんだよ、この高いティシュー」
「え、え?」
「食ってみろ、ほら」
「え、やだ…」

有無を言わさず私の口に破ったティッシュを入れる彼。

「……あまっ」
「だろ、甘いんだよ」
「え…えー…」
「いざとなった時に、ティシューはティシューの用途以外の役目を果たす。段ボールと一緒だな」
「だからって食べるのは良くないんじゃ…」
「いざとなったら、の話だよ。ティシューはティシュー以外の用途で使わないって言うから、教えてやったの、俺が」
「何か話がズレてる気がする。そういう事じゃなくて」
「わかったよ。1枚のティシューも大事に使います」
「あら、呆気ない。まぁ、素直でよろしい。…ていうか、私の事貧乏性とか言っておいて、あんたの方がだいぶ発想が貧乏臭かったけどね」

彼は確かに、と言って笑った。
私も、笑った。

…………


あれから、5年が経った。

あの時一緒に笑った彼とは2年前に別れてしまった。

まさか、こんな事になるなんて思いもしなかったけど。

彼は、元気だろうか。

私に教えてくれたあの技で、今もどこかで元気に生きているだろうか。

きっと、生きているに違いない。
高いティッシュであんな発想を抱くやつ、どんな状況下でもしぶとく生きていそうだし。

私は立ち上がって、周りを見る。

倒れて瓦礫と化したビル、荒廃した地、
荒れたコンビニエンスストア。

未曾有の自然災害により、街とは到底呼べなくなったこの土地では、日夜食べ物を探す怖い人が硬い棒を持ってウロウロしている。

私は今、買い貯めてあったセレブリティなティッシュを1箱、抱きしめている。

その怖い人達は、まさか私がティッシュを食べているなんて思ってないみたいだから、それ以外何も持たない私は見向きもされない。

怖い人たちを横目に、私はティッシュを大量に隠してある隠れ家へ戻る。

「まさか…あんなくだらないケンカが、現実になるなんてね」

不意に、涙がこぼれる。

「今はこの涙に、このティッシュは使えないね」

私は服で涙を拭った。

いつまで続くか分からないこの世界の、いつか来る終わりを信じて、私は今日もまた1枚、甘いティッシュを頬張った。

同時に、どこかで生きる彼の無事を祈った。

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