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世界を繋ぐロッカーの噂

そこは翠ケ丘附属中サッカー部の部室。
万年補欠組の2年生、大輔と拓也、そして健一が座って話している。

健一「おい、拓也、大輔。知ってるか」
拓也「何を」
大輔「健ちゃんっていつも主語無いよね」
健一「悪い。つい早く言いたすぎて」
拓也「で、何を?」
健一「ロッカー3つを順番通り開けた時、開けた人は     もう1つの世界の自分と入れ替わるって話」
拓也「なんだよ、もう1つの世界って」
大輔「…でも何でいきなりそんな話?どっかで聞いたの?」
健一「よくぞ聞いてくれた!これは先輩から聞いた話なんだが、最近、めちゃくちゃ足が速くなった甲斐谷さん、あれはどうやらパラレルワールドの甲斐谷さんらしいんだ」
拓也「ふーん」
健一「あ、拓也興味無いな?」
拓也「そりゃそうだよ。だって甲斐谷さんはめちゃくちゃ努力してたんだから。そんなズルい技は使ってない」
健一「でもよぉ、拓也。もしそれが本当だとしたら、俺らだってスタメンになれる可能性はある!世界は変えられないというが、これは変えられる!はずだ!」
大輔「健ちゃんってなんでそんなに楽しようとするの?」
健一「ばっかやろう、楽しようとなんてしてねーよ!ただ、その可能性にも賭けてえだけだ!」
拓也「で、それをやってみたいと」
健一「おう」
大輔「いいんじゃなーい。甲斐谷さんみたいになるとは思わないけどね~」
健一「なんでだよ!!パラレルワールドの俺もダメダメだって言うのか!?」
大輔「別に~」

拓也、水筒を飲もうとしたが、少し出て終わった。

拓也「あ、大輔、アクアリウスちょうだい。俺の終わっちゃった」
大輔「いーよー。ロッカーにある」

拓也がロッカーを開けてスポーツバッグを取り出し、中から水筒を出して飲んだ。

健一「あ、ちょうど大輔のロッカーが1番最初に開けるロッカーなんだ」
拓也「え、そうなの?」
健一「おうっ!だから拓也からやってみてくれよ」
拓也「絶対嫌」
健一「なんでだよ!!」
拓也「いや、何でって。普通に考えて何か、嫌じゃん。万が一変わったとして、俺は戻って来れんの?」
健一「んー、知らん!でも、先輩からは入れ替わったらもう戻れないらしいって聞いた」
拓也「じゃあもっと嫌だよ。ダメダメな俺だったらどうするんだよ」
大輔「うんうん。それに、やりたいのは健ちゃんだけだからね~」

拓也はロッカーを閉めて、ベンチに座る。

拓也「ほら、見ててやるからやってみろよ健一」
健一「えー…。お前らは変わりたくねぇの~?」
大輔「うん。変わりたく、ない」
健一「そっかぁ…」

健一は大輔のロッカーに手をかける。

健一「もし俺がロッカーに吸い込まれそうになったりしたら、その時は絶対止めてくれな!」
拓也「そんなわけねぇだろ」
健一「有り得るだろ!!どうやって入れ替わるかわからねぇんだから!」
大輔「は~いはい。健ちゃん、大丈夫だよ。俺らはここにいるから~」
健一「頼んだぞ、大輔!!!うおおお、俺は変わるんだ!目指せスタメン!いくぞ!おらっ!」

健一は大輔のロッカーを開ける。
大輔のロッカーは1番右。説いわく、右→左→中央→左→左→右→中央→左→左→右の順らしい。

拓也「最後も大輔のロッカーなわけね」
大輔「……」
健一「おうよ!おっしゃあ、どんどん行くぜ!」

順番通りにロッカーを開ける健一。
その時は迫る。

健一「あと…あと2個。左をもう1回」

健一は左の、拓也のロッカーをもう一度開ける。

ラスト、大輔のロッカーの前に立つ健一。
生唾を飲む。

健一「どうやって…入ってるんだろうな…」

拓也「いいから、早く開けろよ」
大輔「どうせ何も起きないよ」
健一「うおお、変わってやる!変わってやるんだぁ!あばよ、2人とも!次会うときはもう1つの世界の俺だぜっ!!」

健一は勢いよくロッカーを開けた。

……

やはり何も起きなかった。

健一「何も…いない」
大輔「だーから言ったでしょ、何も起きないって」
拓也「さ、帰ろーぜ。腹減った」
健一「や、やだやだやだー!俺は変わるんだー!!

大輔「はーいはいっ。じゃ、一生懸命練習しようね~」
拓也「あ、俺トイレ行ってくる」
健一「あ、拓也、俺も行く」

拓也と健一が部室から出ていく。
遠くなる足音。

大輔「助かったよ、ありがとな」

大輔のロッカーから大輔が出てくる。

大輔2「いーえー。こっちのあいつが出ていっちゃったら、こっちも困るからね~」
大輔「…だよな」
大輔2「でも、やっぱりやりたがると思った。そういうこと大好きだからなぁ、健ちゃんは。まぁまさか俺が先にやってるとは思わなかったみたいだけど」
大輔「そりゃ思わねぇだろ」
大輔2「まぁね。こっちの俺もそんなにサッカー上手くなかったみたいだし?」
大輔「…悪かったな」
大輔2「別に責めてないよ~。こっちはこっちで、楽しませてもらってるからね」

健一のロッカーを触る、大輔2。

大輔2「…健ちゃんが、プロをやってる世界」
大輔「…俺は救われたよ」
大輔2「……」
大輔「ずっとあいつと比較されるのが辛くて…あいつは何も悪くねぇのに、嫌いになっていっちまうんだ…。その点、こっちは、比較されることもなく楽しくあいつらとサッカーが出来る」
大輔2「そのお陰で今度は俺が比較されてるんだけどねぇ~」
大輔「でもお前のその性格なら、別に問題ないだろ?」
大輔2「あぁ、問題ないっ!健ちゃんがプロになって楽しそうなら俺はそれでいい」
大輔「…お気楽なもんだよ」
大輔2「こっちの俺もちゃんとお気楽に見えてるよ。俺はもう二度と戻れなくても、それでいい」
大輔「ならよかった」

パタパタと足音が聞こえてくる。
健一と拓也が戻ってきている音だ。

大輔「あ、鏡。また裏返しておいてくれよ。またあいつがいつやるかわからねぇから」
大輔2「抜かりなしっ。任せて!それじゃ!」

大輔2はロッカーに入り、裏返る鏡の中に消えた。

2人が扉を開けて、部室になだれ込む。

拓也「大輔、聞いてくれよ!!こいつが俺のジャージに小便ひっかけやがった!!!」
健一「わ、わざとじゃねーんだよ、ごめんな」
拓也「いーや、絶対許さねぇ。汚ぇ」
健一「ごめんよ、ごめん拓也ー」

大輔が2人のカバンを持ち、渡す。

大輔「まぁまぁ拓也、きっとすぐ乾くよ。とりあえず帰ったら洗お。健ちゃんは、まずその濡れた手を拭きな~」

3人は部室を出て、自転車を押して歩く。
夕日が綺麗な川沿いの道。

大輔「でも何で、健ちゃんは拓也のジャージにおしっこかけちゃったわけ?」

笑いながら健一に聞く大輔。

拓也「それがよぉ、こいつ、めっちゃくだらねぇ言い訳するんだぜ」
健一「くだらなくねぇ!マジだって!」
大輔「へぇ、どんな?」

健一「便器の前の鏡の俺が、こっちを見て笑ったんだよ!!!」

大輔の時が止まる。

世界は、変えられない。
大輔の頭に、健一の言葉が木霊した。

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