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研ぎ澄まされた彼女

サキが家に帰ってくると、クッションの上にカミソリが落ちていた。
同居人カナの物だ。

カナ、また片付けてないのか。

サキはカミソリを手に取り、洗面所に持っていく。
カミソリを元の場所に戻し、刃の部分を見てギョッとした。

血が固まっている。

サキはふと思い返してみる。
最近のカナと言えば長袖しか着ていない。
夏なのに、必ず長袖を羽織っている。

そして最近、遠距離で4年続いていた彼氏のマコトと別れた。

え、嘘。

カナが帰ってくるまでの4時間、
カナの部屋を少し物色しようと決めたサキ。
冷蔵庫の裏に隠してあったマスターキーを使って部屋を開ける。

暗い。どことなく、寒い。

部屋の電気をつけて、机の上を見ると1冊のノートが置いてあった。

サキは恐る恐る手を伸ばして、1ページ捲る。

「悲しい」

そう書かれたページを見て慌ててノートを閉じた。

間違いない。
カナは今、傷心に違いない。
そりゃそうだ、4年の相手に捨てられたんだ。
私が逆の立場なら仕事にすら行けない。

サキはノートの前に正座し、ゆっくりと2P目を開けた。

「殺してやりたい」

ページいっぱいに書かれたその文字に、
ひえっと声をあげて、サキは宙にノートを投げた。

とんだパンドラの箱を開けた気分だ。

これ以上詮索したらまずい。
あとは本人から聞いて、自傷行為なんて止めさせなければ。
サキが慌てて部屋から出ようとしたその時、ドアの前にカナが立っていた。

「何やってるの」

圧に負け、何も言えない私に、更に追い討ちのように無言の圧を掛けてくるカナ。

その服は、やはり長袖。

床に投げ捨てられたノートを見て、カナは笑った。

「あらぁ見ちゃったんだね」

カナはサキの横を通り抜け、ノートを机の上に戻した。
サキはふと我に返り、カナに駆け寄る。

「カナ、自殺なんてやめな!他にもいい人なんているし、そんなんでカナが死んじゃうの、私嫌だよ」

サキは泣きながらカナを抱きしめた。
カナは黙っている。

「こんな可愛い子と付き合いながらろくでもない女と浮気したあんな奴のために、カナが死ぬなんてやだよ」

カナは暫く黙ってから、泣くサキを抱きしめかえした。

「何言ってんの、死なないよ」
「だって、カミソリ」
「カミソリ?」
「血が固まってた」
「あー…」
「毎日長袖だし」
「だって日焼けしたくないしそれに…」
「それに?」
「怪我したのよ、ほら。上手く剃れなくてここ」
そう言って袖を捲ったカナの腕には大きな切り傷がついていた。
ただ、手首ではなく腕の外側に、大きく1本の深い傷。

「こんなの見られたくないじゃない」

カナはくすっと笑った。

「もーーーー!!!!」

サキは安心してその場に尻もちをついた。

「ごめんね、心配かけて」
「ホントだよー!そしてカミソリ、片付けてよー!!」
「ごめんごめん、気をつける。てか電動じゃ手首なんて切れないよ」
「でも腕は切れてるじゃーーーん!でも、本当良かったぁぁ」

サキは安心から更に泣き、鼻水が垂れていた。

カナはノートを鞄にしまう。
鞄の中からは手袋が覗いていた。

「こんな暑い中手袋もしてるの!?日焼けしたくなさすぎじゃん」
「まぁね、今年は紫外線が強いから」

カナは鞄を机の上に置く。

鞄からしまったノートを取り出し、パラパラと捲った。

「あ、サキ。私明日、出張で帰ってこないから」
「あ、そうなの?わかったどこに行くの?」
「…大阪」
「また嫌なタイミングで大阪だね。会わないといいね」
「そうかな、私は会いたいけどね」
「まぁ、あのろくでもない女の顔、直接拝んでやりたいか」
「それ」
「いいけど、絶対死のうとなんてしないでよ。本当にびっくりしたんだからね」
「分かってるよ」

カナはノートを閉じて、笑った。

「大丈夫。死なないよ。私は、ね」

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