コーヒーカップと見る視点
そこに残されたコーヒーカップが、私たちの終わりを告げていた。
始まりも終わりも、この喫茶店。
お互い前見て幸せに生きていこうなんて、綺麗事並べて消えたあなたを、私は今でも追いかけている。
仕事帰りに止まっていた横断歩道で、あなたの履いていたスニーカーを履いている人を見つけて思わず青信号を無視した。
その場で眺めていないと、追いかけてその腕を掴んでしまいそうだったから。
よく良く見たら違ったの。逆に渡らなくて良かったと思った。
仕事休憩にカフェに入るんだけど、あなたならこれを頼むよねって、メニューを見て1人でクスッと笑っちゃうの。
結果、それを頼んでお昼にしちゃう私はまだあなたが大好きみたい。
人が多い朝の通勤電車の中で、あなたと同じ香りの人がいたからその人の近くにいるのが幸せだった。
別に話しかけるなんてことはしない。顔も見てない。会社の最寄りの駅までの10分、その人の傍にいれるだけであなたに包まれた気がして、嬉しかった。
朝起きた時、あなたが隣に居ないことにはもう慣れてきて、使ってない枕はカバーごと廃棄した。
カバーだけでも使ってやろうかなと思ったけど、なんか私だけ未練がましくても嫌だなって、謎の強がりを発揮して捨てたの。
当たり前だよと笑われて、誰も褒めてはくれないけど、私にとっては大きな進歩なんだよ。
久しぶりに2人の喫茶店に入ってコーヒーを頼んだ。
あの時と変わらない赤いカップに入ったホットコーヒーの後味はどこか遠い異国の地を感じさせる大人な味。
マスターがゆっくりと私に近づいてきて言った。
「もうすぐ、閉店するんですこのお店」
私は「へぇ、それはとても残念です。閉める時まで、飲みに来ますね」と言った。
それから、毎日飲みに来た。
でも私1人の力では何も変えられなくて。
呆気なく、私たちの思い出の喫茶店は無くなった。
閉じられた店、崩れた店、無くなった、その喫茶店。
入口があった場所に立って、すり減った靴の先を見ながら回顧する。
小さく「ありがとう」と呟いて、私は振り返る。
強く風が吹き、顔を上げると、
そこには知らない女性を連れたあなた。
久しぶりに見た、視界いっぱい180度以上に広がる世界。
私はずっと、下を見て歩いていたんだね。
今日からは前を見て歩くよ。
私も幸せになるために。
何も言わずにすれ違う。
あなたは多分、振り返ってる。
きっと、今。私を見ている。
でも私は振り向かない。もう下も向かないし
後ろも向かないの。
あなたが言ったように、前を見て、幸せになるよ。
さようなら、きっと私、明日もあなたが大好きだった。
でもそれは今日までの視点の私。
赤いカップのコーヒーが好きだった、今日までの私。
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