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橋にまつわる男女の話



それは、ひどい雨の中。

女は、言った。
「相変わらず雨男なのね」

男も、言った。
「相変わらずってなんだよ。たまたまだよ」

女はお気に入りの赤い傘を少し回しながら
男は使い込んでボロボロになった傘を

それぞれ差しながらここへ来た。

ここは2人の思い出の地。
少し坂を上った所にある、橋の中心。

雨で川の水が増え、ここへ来るのにも危ないぞ、と何度も声をかけられた2人。

それを無視して、傘を差してここへ来た。

「なんでかしらね」

女は川を見ながら呟いた。

「何がなんでなんだ」

男も川を見て問いかけた。

「雨という日がこうも嫌いなのは」

2人の沈黙に、豪雨の音が響く。
川の水量が、増す。

「服が濡れるから」

「いいえ」

「お気に入りの傘がダメになるから」

「いいえ」

「外に出たくなくなるから」

「いいえ」

「…僕に、会ってしまうから」

「…ええ」

男と女は目を合わさずに、黙る。
遠くから、何やってんだー危ないぞ、と声が聞こえる。

「頭痛がするんだ」

「今?」

「いや、今はまだいい。ただ、雨の日だけ」

「へぇ」

「だから、外に出る」

「そう」

「そうすれば、君に会えるかなと思って」

「…」

雨が弱まる気配はない。
2人の服の裾を濡らして、雨は降る。
強く、強く降る。

「外に出れないなんて可哀想ね」

「そんなことないさ。こうして頭痛がする日は出れる」

「私とあなたでは身分が違うから」

「そんなことないさ。会おうと思えばこうして会えるんだ」

「思えばあの日も雨の日だった」

「僕が頭痛に悩む日は、雨が降る」

「……不思議ね」

「あぁ、全く。本当に」

女は男に背を向ける。
鮮やかな赤が、暗い雨空によく映えていた。

「君のその傘が、美しくてとても好きなんだ」

「そうでしょう」

「雨になればその傘に、会えると思って」

「傘だけ?」

「いや、もちろん1番は君に」

「…そう」

「頭痛が、止む」

「え、どうして?あなたの頭痛が止む時は雨が止む時のはずでしょう。今は全く、止む気配がないわ」

「あぁ、そうさ。僕の頭痛は雨とともにあるからね。でも、頭痛が止む時は、もう1つあるんだ」

「何?」

「こっちを向いて」

女が男へ振り返った瞬間、
川が、氾濫する。

2人の足元に増えた川が、ゴウっとかかる。

「終わりを、迎えるとき」

「……素敵ね」

その瞬間、さらにゴウっと音を立て、
氾濫で起きた川の波が2人を川底へと攫った。

―――やっと、君とその傘と。

―――やっと、あなたとこの傘と。

その後、雨が引いても、2人の行方は分からなかった。

遠い昔の雨の橋のお話。

「…で!身分違いの2人は無事水の中で一緒になることが出来て、その橋に残されたボロボロの傘は、今も誰かが使ってるって噂!」

「えー何それ!すごーい!で、ここがその橋?」

「そう!!」

今日は2021年、10月1日、雨。
しかしその時と違い、氾濫の心配があるほどの雨量では無かった。

女子が2人、橋の上でキャーキャーと騒いでいた。

そこに近づく男が1人。

女子の持つ傘を指さして、透き通る声で、どう見ても美しい、その男は言った。

「君の傘の色、綺麗だね」




―――やっと見つけた、君の傘。

―――もう二度と、無くさないように。




さて、彼女が落ちるのは、恋か、川か。
はたまた、両方か。

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