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毒の花



「あなたは私を愛していますか?」

ここは高級ホテルのスイートの部屋。
彼女は夜景と月明かりを背に、僕に一言尋ねた。

「うん、勿論」

僕は一言、そう答えた。

「なら、この花を受け取ってください」

そう言って彼女は僕の前に一輪の
紫の様な黒のような、不気味な色をした花を出した。

「何、この花」

「私を愛しているなら、受け取ってください」

僕は少し、その花に嫌悪感を抱いた。

「愛しているよ、愛しているけど、何だか不思議な香りがするんだ」

「ええ、この花は特殊な花なので」

「特殊な花?」

「嘘を吐いていると、毒を出す花なのです」

「毒?」

「ええ、とてつもない、猛毒を」

そんな奇妙な花を、一体どこで。
いや、そんなことより僕は今、試されているのだ。

彼女を、本当に愛しているのかどうかを。

「だとしたらこんな花受け取る必要が無い。君は充分わかっているだろ。この花なんて無くても、僕の愛を」

「ええ、知っているわ。だからこそ、受け取って欲しいの」

「なぜ?そんな試されなきゃいけないようなことを僕はしてるかい?」

「いいえ。単純に、これは私が大好きな花だから。だから私の大好きなあなたに、受け取って欲しいだけ」

何故だろう。何故彼女はこんなにも、僕の愛を疑うのだろう。
僕はちゃんと彼女を愛しているのに。




妻の次に。



彼女には、そのことは伝えていない。
だから僕に妻がいることは知らないはずだ。
なのにどうして?どうしてこんなにも疑われているのか。
答えは単純明快で、
恐らく、バレているからである。
経緯は知らぬが、恐らく。

「どうしたの。愛しているのならば受け取ってよ」

「あぁ、受け取る、受け取るとも。だけれどどうして、今日急にこんな花を僕に?」

「今日は記念日だからよ。付き合って、1年の」

「あ…」

返す言葉が無くなった。
僕は記念日すらも覚えていない男であったのだ。
毒の花をプレゼントするには体のいい理由をつけられた僕には、もう断ることが難しい。

ええい、ままよ。

僕はちゃんと彼女を愛している。
妻の次であっても、ちゃんと愛している。

だから毒になんてやられることはないさ。大丈夫だ。

僕は彼女の手から毒々しい不気味な花を受け取る。

何も起きない。

「ほら、大丈夫だった」

「そうね、大丈夫だったわね」

彼女はニッコリと僕に向かって微笑む。

「あなたは、私を1番に愛してくれているのね」

月明かりに照らされた彼女はとても美しかった。
だが同時にどこかに、仄かな恐ろしさがあった。

それは逆光で微笑む表情がしっかり分からなかったからだろうか。

とにかく、その時に何か恐ろしさを感じたのだ。

「1番に…愛してるよ」

僕はそう呟く。

「そう」

そしてそれはゆっくりと。

ゆっくりと始まる動悸。

胸の奥から込み上げてくる苦しさと共に僕の息は荒くなった。

そして、床に倒れた。

「な、何で…さっきは、大丈夫だったはずなのに」

嘘だ。本当は分かっている。
彼女に、彼女が1番であると嘘を吐いたことを、自分でしっかり分かっている。

毒と彼女を恐れた僕は、しっかりと毒に飲まれたのだ。

「はぁ…はぁ…」

息切れをする僕を黙って見下ろす彼女。

「申し訳なかった…。妻がいる身で君に近づいた僕が悪かった…。でも本当に、本当に愛しているんだ…君も…妻も…。騙すつもりなんて、毛頭無かったんだ…!信じてほしい」

意識も朦朧としてきた気がする。
僕は、死んでしまうのか、ここで。

彼女はずっと黙っている。
月明かりのせいで表情が全く見えない。

「僕は…どうしたらいい…。まだ死ねない…死にたくないんだ…」

彼女に尋ねる。

彼女はゆっくりと、足を曲げて屈み
僕の顔の近くへ自身の顔を近づけた。

そしてゆっくりとキスをした。

「え…」

「やっと、自分の口から言ってくれましたね」

彼女は美しい涙を流し、
僕の元から2歩離れ、窓へ向かった。

ここは高級ホテルのスイート。
月も夜景も。綺麗に見える。
その美しい景色を背に、彼女は僕に笑いかけた。

「立てますよね、毒なんて嘘なんですから」

「え…」

「そちらの花には毒なんかありません」

「でも、この動悸は…」

「あなた自身が、私に吐いている嘘に対してひどく罪悪感を覚えたから、だから出たのではないですか」

そんな馬鹿な。
でも確かに、もう僕の呼吸は落ち着き、普通に身体も動かせるようになっていた。

「僕を騙したのか」

「ただ普通に花を受け取ってくれたら、今日も何も無かったのです。勝手に勘ぐり、勝手に騙されたのはあなたです」

僕はまた、ぐうの音も出なかった。

「いつから知っていたんだ、妻のこと」

「そんなのは初めから。あなたと会った日から知っていました」

「嘘だ」

「本当です。でも私はあなたに惹かれてしまったのです。奥様がいる身でも、その方を愛しながら私も愛してくれていたらそれでいいと、そう思っていました」

僕は近くにあったベッドに座り、下を向く。

「でも、それだけじゃ足りなくなったのです」

彼女は僕の隣に座って、僕の口に指を当てた。

「貴方の口からきちんと、『私も愛している』と聞きたくなったのです」

僕は彼女の指を掴んで下ろした。

「いつも…愛しているとは言っていたじゃないか」

「ええ…でも違う。私が欲しかったのは、『妻も私も』愛しているという言葉」

「どういうことだい」

彼女は僕の手を両手で優しく包み込み、少しだけ僕の方に身を乗り出した。

「ようやく同列に並べた…あとは抜けばいいだけでしょう」

その後のことは、彼女の美しさと妖艶な香りしか覚えていない。

そして僕は今日もその余韻に浸る。
妻が前にいるというのに。


参った。彼女こそ、とんだ毒の花だ。

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