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虫除け


東京都内、とあるオフィスに清涼感のある匂いが漂った。

『虫に刺された。
虫に食われた。
そんな時にはこれ1本。

塗ればスーッと心地よいひんやり感が
あなたの痒みをストップする。
ムヒ!
持ち運びやすい小さいムヒも!』

刺された箇所に、その清涼感のある匂いがするこの薬を塗った瞬間、頭の中でCMのような言葉が流れて、強烈な痒みが治まった。
いよいよ来てしまったか、この季節が。私は腕を見ながらため息を着く。

昔からとてもよく虫に刺される。
虫と言っても1番はやはりこの蚊で、一晩で10箇所以上刺されることもあるので本当に気に食わない。
ちなみに、蜂にもよく狙われる。

よく~型の血液は美味しいだとか
汗をかくと狙われやすいだとかそう言った根拠の無さそうな噂を耳にする。
ただ、少しだけ当たっているのがまた悔しい。
私はよく刺される血液型であるし、寝汗もかきやすい。
ならどうして、根拠の無さそうなっていうひねくれた書き方をしたのかというと、私の親友の
花美は同じ血液型で汗もかくのに全く刺されないからである。

「おはよ。今日も辛そうだね」

花美が隣に座って声をかけてくる。

「辛いなんてもんじゃないよ。まぁ、これのおかげですぐ治まったけど」
「出ました、ムヒ」
「最強よ、これ。この清涼感を体感できないなんて、勿体無いお身体ね~」
「刺された時の灼熱な痛痒さを感じるくらいなら刺されない方がマシだけどね」
「それはごもっとも」
「でもさでもさ、私が傍にいると蚊に刺されなくない?」
「んー、そうかな」

確かに、思い返してみると花美が近くにいる時は痒みに悩まされない。

「特殊な虫除けでもつけてる?」
「えー。つけてないよ。臭いじゃん」
「たしかに。花美からは虫除けの匂いしないよね」
「匂いには気を使っておりますゆえ」
「あ、そうか、香水か」
「香水、虫除け効果なんてあるのかな」
「あるよある。ほら、ゴキブリとかもハッカの匂いとか嫌うじゃん」
「やだぁ。そんな例え出さないでよ」

花美はブルっと震えて怯えた表情をする。
よほどゴキブリというものが嫌いらしい。
よく見れば可愛いものなんだけれど。

「まーそうね。ごめん」
「ね、それよりさ、この間の蒔田さんって人とはどうなったの」
「あーダメになった。なんか、急に連絡取れなくなっちゃって」
「あら~それは残念だね」
「なんなんだろうなー。連絡取れなくなったり、急に振られたり」
「そのムヒの匂いが男除けになってるんじゃない?」
「え、そうなのかな。それは困るな」
「じゃあさ、私と同じ香水付けようよ~」
「えー、なんか甘ったるいよ」
「いいから~」

花美が私に香水をかける。
1回、2回。

「ほら~いい香り」

花美が私に抱きつくと、ふわっとバニラっぽい香りがした。
私の腕からも同じ香りがする。

「女子って感じ。でも嫌いじゃないな~」
「でしょ?これで、虫もよってこないよ」
「だといいな」
「ねね、今日夜暇?出かけようよ!ご飯いこ!」
「ごめん!今日はまた前のアプリの別の人と会うんだ」
「え!そうなの!?どんな人?」
「この人なんだけどさ、めっちゃ趣味が合うんだよね」

私はマッチングアプリを開き、花美に画面を見せる。
橘瑛介(34)の詳細プロフィールが載っている。

「え、良さそうだね!どこで会うの?」
「今日は、恵比寿って約束してる」
「いいところじゃーん♡」
「ね。今度こそ、頑張る!」
「応援しちゃう♡あ、今日リップまだしてないんだった。一瞬御手洗いってくるー」
「はいよー」

トイレに向かった花美を見て、私はパソコンに向き合い、業務を始める。
今日はメールが多い。



――女子トイレ、個室。

「たちばな、えいすけ……これか」

マッチングアプリを開き、検索をかける花美。

「次から次へとちょっかいかけないでよ。困るなぁ。えっと、『初めまして、都内在住のアスカって言います。プロフィール見て連絡しちゃいました。急なんですけど本日夜空いちゃって…お会いできたりします??』」

打ち終わり、花美は橘宛にメッセージを送る。
そして、1枚の画像を送る。
かなり加工された、可愛くてエロを仄めかす女の子の写真。
顔は口から下で、谷間を強調した服。

「これで良し、と。うわ、既読着くの早」

花美は来たメッセージを読み、笑う。



「ただいま~」
「おかえり」

トイレからもどって来た花美の口元はとても綺麗だった。

「ねー、今日さ、夜ご飯行けるわ」
「え、どうしたの?橘さんは?」
「何か、急にダメになったみたい…新宿で仕事だって」
「そっかぁ、残念だね」
「恵比寿に行きたいお店あったんだけどなぁ」
「じゃあ私と行こうよ♡」
「うん、そうしよ」
「もし変な男に絡まれそうになっても、私が助けてあげるからね」
「なに急に。恵比寿にそんな人いないでしょ」
「んーん、恵比寿以外でも!」
「どっちかって言うと声かけられるのは花美でしょ。でも、ありがと」
「どういたしまして!あなたに変な虫がつくのは、私が嫌だからさ」

花美はルンルンでパソコンを打つ。

「何それ、じゃあ蚊も追い払ってよ」
「私の傍にいれば、寄ってこないじゃん」
「そうだったわ。ありがとう、最強の虫除け」
「どういたしまして~♡」

何も知らない私は、笑っていた。

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