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後悔しない声の失い方

僕はいつか、声を失うそうだ。
そういう病気。もう逃げられないんだって。

だから僕、いつか声が無くなる日まで
君の名前を呼ぼうと思うんだ。

大好きな君の名前を。

なーんて。
医者に言われた時はそんなこと言ったけどさ。

結局君の名前だけを呼ぶわけじゃないんだよね。
沢山の人の名前を呼ぶ。

なんかの歌の歌詞にもあったな。
声が無くなるまで君の名を呼ぶよって。
じゃあ本当に無くなるって言われたら
その貴重な声をその大切な「君」に全て捧げるのかい?

僕は無理だったね。
言いたいことが沢山あったからさ。

それに普通に生活は出来るものだから、
日常会話はそれなりにちゃんとしちゃうんだよね。
だから君の名前だけじゃなくてさ。喋るの。

って言ったら君は笑ってた。
「そりゃあそうだよ」って言って。
だから僕も
「だよなぁ」って言って笑った。

そんな日が続いてた。

それを宣告されて暫く経った頃。
何年くらいかな、3年、だったかな。

それまで何ともなくて、本当に声、無くなるの?って周りから言われてた位だったのに
突然声が、出にくくなって。

その瞬間は、「え、何で?」って思ったけど
考えたらそうだった。
なんでじゃなくて、もともとそういう予定だったんでした。

それを忘れるくらい、沢山笑って、喋った。

「もし明日、声が無くなるとしたら」
しん、とした室内、
「あなたは、後悔する?」
君が掠れる声の僕の横でそう呟いた。

疑問符こそ着いていたが質問のようで、質問でない
そんな呟き方をするもんだから

思わず、涙が出てきて。

「後悔、しないよ」

掠れた声で君に呟き返した。

それは、独り言のような室内の静けさに消える声。

君は

「そう」

と言って僕に背を向けた。

その肩は、震えていて。
でも、僕は見て見ないふりをした。

「泣くなよ」
とか
「大丈夫だよ」
なんて
慰めるための声を出したら、
最後に言いたいことを言えない気がしたから

「だって僕は」

「沢山話す中で、アスカの名前を56461回言ったんだ」

それだけ言って、君の震える肩をそっと抱き寄せた。

「何数えてんの…バカじゃないの」

君は、泣きながら笑って、でもとても嬉しそうで。

だから後悔なんてしないんだよ

って頭の中で呟いた。

これからは僕の声はもう届かない。
誰に、聞こえることも無い。
失われてしまった僕の声だが、後悔なんて絶対にしない。

声が無くなるまで君の名前を呼ぶなんて言葉、馬鹿らしいと思ってた僕だったけど
結果、君の名前を大事に発することが出来たから。

無くなるまでに、1番発した言葉だから。

だから僕は後悔しない。

声を失った今も、君は僕の隣で寝息を立てて寝てくれている。
そんな大切な君の名前を世界で1番大切に呼べたから。

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