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何故かその日、私はどうしようもなくあの自転車を欲しいと思ったのですが

あ、自転車欲しい

ふと私はそう思った。
というのも、今日はひたすら歩いたり電車に乗ったりして色々な場所に向かったが、直線距離はどう考えても電車を使わずに移動した方が早かったのだ。

もちろん歩くのも悪くない。
すれ違う度に色々な人の顔や服装が見られる。
人間観察とはとても楽しいもので、
そこからは様々なことを発見できる。

人となり、生活感、性格、死生観。

おっと最後のは少し、独特すぎるか。

自分とは異なった他人を、自然に観察できるのは徒歩ならではの特権だ。

自転車だとそうそう余所見は出来ないし、
うっかり格好いい人でも見つけようものなら自転車を停めるという不自然な行為をしなければならない。
それもいい所で止まれなかったら最悪だ。

まぁそんなことは良しとして、自転車が欲しい理由その2。

どこまでも行けそうな気がする
というところだろうか。

学生の時は沢山乗っていた自転車。
今はもう何年乗っていないだろうか。

好きな人の後ろに乗り海沿いの防波堤の近くを走る。これが夢だった若い私。

ちなみにこれはまだ、叶っていない。
まぁ夢に時効は無いので、ゆっくり追いかけようと思う。

にしても、その夢を叶えるには自転車が必要だ。

私はカフェの窓から見える自転車を眺める。

……あれ、欲しいな

ぼんやりと浮かぶ犯罪の文字。
夏だからか、変な感情が芽生える。

よくよく目を凝らしてみる。まさか。

鍵がかかっていない。

なんて危機感のない運転手だ!
こんな大都会トーキョーで鍵をせずに居なくなるとは。

いや?もしかしてこれは、神が?
神が日頃の私にプレゼントをくだすった、そういう事なのでは?

普段の私なら絶対思わない言葉が浮かぶ。

いやだから、犯罪だって。
そう止めてくれる理性という名の天使は私の元から消えてしまったようだ。

いや、暑さで溶けたのか。

私はボーッと席を立ち上がり、荷物も何も持たず、
ドアへ向かう。

欲望という悪魔が背中を押す。
カフェのドアを出て、左に曲がると先程窓から見ていた自転車が見えた。
1歩、また1歩。
ゆっくり近づく。

その瞬間だった。

ドォォォォン

近くで轟音がした。
いや、これは雷だ。

瞬く間に強くなる雨。
ふと我に返る。

私は、何をしようとしていたのだ。

理性という名の天使がみるみる頭の中で蘇る。
まるでナメクジのようだな貴様は。
脆く、ただ復活も、早い。

雨に打たれた私はカフェの自分の席に戻る。

窓から自転車を見ると、運転手が来て、慌てて乗って帰って行った。
やはり、良いな自転車は。

さて、雨が少し収まってきた。
いわゆるゲリラ豪雨だったようだな。
私は会計をしようと荷物を持ち立ち上がり、レジへ向かう。

「780円です」

提示された額を見て、バッグを開ける。

お?

あれ?

そんな馬鹿な

財布を、盗られてしまったようだ。

まさかあの一瞬で盗られようとは。
やられた。

とりあえず電子マネーでお会計。
現代の文明に感謝をして店を出る。

私は雨の中、歩いて帰った。
あえて電車も使わず、歩いて、2時間。

やはり、自転車など。
自転車など、いらん。

2回くしゃみをして、1人家に入った。

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