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【読書コラム】中学生と森鴎外を一緒に読んで安楽死や自己犠牲について考えてみたら、勉強の面白さが炸裂した!
放課後に子どもたちと一緒に本を読む活動をしている。集まってくれているのは中学生。なんだかんだで一年以上続いているので、徐々に、扱う本も難しくなってきた。
今月は森鴎外。最初にどういう人だったのかを丁寧に説明し、代表作を順番に見ていく。
中学生がそんな話に興味があるのか? と誰もが疑問に思うだろう。無論、興味なんてあるはずはない。そのため、みんな、スマホをいじって自分の世界に入り込んでしまう。
ただ、これは森鴎外に限ったことではなく、この活動を始めてすぐに理解したけれど、TikTokやYouTubeショートを前にして勝てるものなどこの世にはひとつとして存在していないのだ。
同じ活動をしている他の先輩たちに聞いても同じ状況。だから、スマホ禁止令を出しているみたいなんだけど、子どもたちは家でも禁止令を出されているから、
「じゃあやめる」
と、言って来なくなっちゃうケースも多いらしい。つまり参加者である子どもたちにとって、この読書会は自由にスマホをいじれる憩いの時間だったのだ。
そう考えるとなんだか禁止するのも違う気がする。理由はなんであれ、子どもたちが自ら読書会を銘打った場所に来てくれている事実はありがたい。とはいえ、じゃあ、動画やゲームで遊ぶことを大々的に認めていいのかと言われれば、大人としてそれはやっちゃダメな気もする。
最初の頃、わたしは子どもたちの興味を惹こうと努力した。梨木香歩さんの『西の魔女が死んだ』などその年代向けの小説をみんなで読もうと頑張った。
でも、普段、スマホでもっと刺激的なコンテンツに触れているわけだから、じんわりとした感動なんて味わってくれなかった。
唯一、ウケたのは森絵都さんの『カラフル』で、実際に自分で購入し、夢中になって読んだという子もいた。聞けば、主人公が死んだところから物語が始まり、転生し、家族の秘密を明かしていく展開がスリリングで楽しかったということだった。
なんとなく、みんなが好きなものを掴めた気がしたのも束の間。その後はなにを紹介してもうまくいかなかったので、根本的にこのスタイルではダメだってことを一年かけて確かめるという結果になってしまった。
その反省を活かし、二年目は子どもたちに寄せることは一切やめた。毎回、準備にそれなりの時間もかかるし、だったらわたし自身が好きなことをやろう、と。
ちょうど日本文学について勉強し直したいと思っていたところだったので、明治の文豪から順番に有名な作品を読んでいき、この機会に現代までのロードマップを完成させることにした。
子どもたちが興味を持たなかったとしても問題なし。だって、興味ありそうなことをやってもスマホから目を離さなかったんだもの。気にせず、個人的な研究成果を発表する場にしちゃえばいいや、とヤケクソなプランを実行するに至った。
ところが、不思議なことにこれがよかった。相変わらず、教室に集まってすぐの子どもたちはスマホで遊んでしまうのだけど、わたしが小難しい話をしていると、
「それ、もっと詳しく教えてください」
と、不意に、頼まれるようになったのだ。
ちなみにそれは芥川龍之介を扱ったときのこと。『蜘蛛の糸』や『羅生門』、『杜子春』といった教科書に載っていそうな作品に飽き足らず、キリシタンものを果敢に解説した際の出来事。具体的には『奉教人の死』と『きりしとほろ上人伝』を取り上げ、芥川が隠れキリシタンの書物を偶然発見したとして、上記の作品を発表した背景を説明した。当時、多くの学者が芥川にその本を読ませてくれと押し寄せたけれど、実はそんな書物は存在せず、なにもかも芥川の創作だったという話をしたところ、
「それ、もっと詳しく教えてください」
と、先述の通り、思いがけない反応があった。
聞けば、フィクションがリアルに影響を与える感じが面白いんだとか。言われてみれば、そうかもねと思いつつ、いわゆる子ども向けの内容よりも豆知識だったり、雑談だったり、王道じゃない知識を求めているっぽいぞと手応えがあった。
そんなこんなで去年は夏目漱石、芥川龍之介、太宰治と順番に確認し、年明けから時代を戻り、森鴎外、谷崎潤一郎、川端康成の流れを見ていこうとしているのだが、森鴎外に対する反応がアグレシッブで毎回楽しい。
まず、『舞姫』に関して、こんな男はダメだと言う声が相次いだ。作者の経験が影響していると言うけど、どこまで本当なのか気になると言って、TikTokの再生を止め、その場でググり始めたときには教育的な成功を確信した。
みんなでディスカッションができそうな空気になってきたので、次は『高瀬舟』を通して、安楽死の是非について考えてみた。
そういう視点を持っているんだと感心したのは小説の内容に関して、両親を早くに亡くした兄弟を社会がどうして助けてあげなかったのかという意見がすぐに出てきたところ。病気の弟がお兄さんに迷惑をかけたくないからと死を選ぶ環境を作ってはいけないという点で全員考えが一致していた。
とはいえ、その上で起きてしまう悲劇についてどう思うか? と話を進めてみたところ、自ら首をカミソリで刺し、死ぬことが確定している弟を楽にさせてあげるため、刃を抜いてあげる行為は優しさであるという一般的な解釈にたどり着いた。その上で「安楽死」と「尊厳死」という言葉があると紹介し、2022年9月、映画監督のゴダールが法的に安楽死が認められているスイスで自死を選んだことなどを伝えてみた。
さて、「安楽死」を肯定的に捉えるムードになってきたところで『山椒大夫』を読み、自己犠牲の是非を問うことにした。人身売買業者に騙され、丹後の荘園領主・山椒大夫の奴隷となってしまった安寿と厨子王の姉弟。このままではどうしようもないと逃亡を企てるも、二人では追手に捕まってしまう。そこで弟だけを先に行かせた姉は入水自殺で時間稼ぎをするのであるが、この自己犠牲をどう思う? と。
前提として、世界中のフィクションで自己犠牲が美しいものとして取り上げられてきた歴史は共有しておいた。
イエス・キリストの磔刑だったり、飢えた虎に自分の肉体を食べさせた仏教説話『捨身飼虎』だったり、宗教の定番ストーリーであること。
自分の顔を食べさせる『アンパンマン』、絶対におじさんを救えないという痛みがヒーローになる条件だった『スパイダーマン:スパイダーバース』シリーズ、人々が正義を信じる気持ちを失くさないために悪役を引き受ける『ダークナイト』のバッドマンなど、英雄譚のお決まりであること。
また、恋人を救うため海に沈むことを選ぶ『タイタニック』、人類を救うため命懸けで隕石を破壊しにいく『アルマゲドン』とハリウッド映画の王道として自己犠牲の例は枚挙にいとまがない。
そんな風に見えていくと『山椒大夫』における自己犠牲の物語も力強いものに思えるけれど、さて、これが現実だったらどうだろう? と混乱させるのがわたしの役割。
塩狩峠の列車事故、神風特攻隊、2001年JR新大久保駅乗客転落事故の話を提示していく。当時、その勇気を称賛する声もあれば、社会として自己犠牲を推奨することは危険であるという冷静な声もあったことを順番に見ていった。
このあたりで勘のいい子はわたしの問題意識に気がつき始める。つまり、自己犠牲と簡単に言うけれど、その実態はそうせざるを得なかった環境による犠牲であり、本当は社会にこそ責任があるのではないか? という疑問である。自己犠牲は素晴らしいと熱狂するだけ熱狂し、社会のあり方を変えないようでは同じことが再び起きてしまうわけで、そのことについて子どもたちと話し合った。
もちろん、『高瀬舟』と『山椒大夫』を並べたことにも意図がある。さっきまで肯定的に感じられていた安楽死について、自己犠牲が推奨される世の中になっても同じことが言えるだろうかと考えてもらった。
参考に映画『PLAN 75』を一部見てもらった。75歳以上が安楽死を望める制度が導入された近未来の日本の話で、75歳を過ぎて生きていると社会に迷惑をかけるという空気が広がり、全員が安楽死を選ばなきゃいけなくなる怖さを想像してもらった。
社会貢献のために自己犠牲の精神で安楽死すべき。合理的ゆえに恐ろしい価値観が社会に広がる危険性について、
「ナチスも似たようなことしてましたよね?」
と、質問があったので、T4作戦を中心に迫害がどのように発生したのかチェックした。
結論としては、自己犠牲にしても、安楽死にしても、誰かがなにかを褒めているとき、同時になにかを否定しているので、そのことを意識していこうという話になり、それなりに議論は白熱した。
やってみるまではどうなるか予想できないけれど、こんな風に盛り上がると、入口は小説だったのに、歴史や哲学、さらには科学、地理、政治など多岐に渡る知識が必要となってくるので、子どもたちは自然とたくさんのことを学んでくれる。加えて、自分の意見を戦わせる関係で、論理を補強するために必死で調べものをする姿はなかなかよかった。
正直、わたしとしては自分の好きな話をしたいだけだったのだが、期せずして理想的な教育になりつつあるので、最近、この読書会が楽しみで仕方ない。特にはなにも教えてないんだけど、テーマから各自が知らたいことを追求するようになっていて、放っておいても学んでくれるのが嬉しい。
たぶん、本人たちは未だにスマホで自由に遊べる時間ぐらいの感覚だと思う。だけど、その延長線で勉強してしまっているというのがいい感じ。
こうやって、子どもたちに文学の魅力を体感してもらいたい。一言でいえば、文学には全部が詰まっているんだよね。そのことを大人もちゃんと信じた方がいいのかも。大人が面白く本を読んでいる姿を見せれば、子どもたちもマネしてくれるはず。
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