【料理エッセイ】死ぬほど美味いうどんが食べられるから、近所の公園でやっている桜祭りがひたすら楽しみ!
桜が咲くとワクワクしてくる。花見が楽しみなのはもちろんだけど、わたしの場合、近所の公園で開催される桜祭りが楽しみで楽しみで仕方ないのだ。というのも、死ぬほど美味いうどんが食べられるから。
いまの部屋に引っ越してきたのは2019年。5年前の春だった。
荷物の整理を終え、なんとなく新居のまわりをぶらり散策していたら、近所の小さな公園で桜祭りをやっていた。
遊具も存在しない本当にこじんまりとした公園なので、地元の人たちが内輪で集まり、飲み物やフランクフルト、おしるこ、こんにゃくなんかを売っているだけ。しかも、値段はほとんど100円である。利益を求めていないのは明白だった。
おまけにメインイベントは俳句会。子どもからお年寄りまでブルーシートに集まって、桜を見ながら短冊に一句を書いているのだ。見るからに朗らかな雰囲気で、素敵な地域に越してこれたと嬉しくなった。
このとき、本当はわたしも一句詠みたかったけれど、さすがにいきなり参加する勇気はなくて、食べ物を買って帰るだけに留めた。
ちょうど、お昼時だったこともあり、うどんを選んだ。それはなんてことないうどんだった。発泡スチロールの器に市販の麺がドンッと盛られて、琥珀色のつゆをかけられていた。具材はネギだけ。実に潔いビジュアルだった。
正直、期待してはいなかった。100円という圧倒的な安さで十分満足。どんな味だろうと問題なかった。
しかし、一口食べて、目玉がリアルに飛び出した。
う……、美味い……。美味過ぎる。
出汁が尋常じゃなかった。強烈なコクに対し、醤油の感触は実にまろやか。甘さと塩気のバランスが絶妙で、脳みそに直接訴えかけてくるような凄みがあった。
はっきり言って、お祭りで出すようなクオリティをはるかに超えていた。普通に、行列店で出てくるレベル。なのに100円で提供しているなんて、大盤振る舞いにもほどがある!
この死ぬほど美味いうどんの秘密が知りたくて、わたしは翌年の桜祭りも欠かさず行こうと心に決めた。
ところが、2020年、みなさんご存知の通り、コロナ禍であらゆる行事が中止となった。当然、桜祭りが開催されることもなかった。
2021年、2022年、2023年。コロナ禍が一向に収まらず、これまでの日常が戻ってこない現実を前にして、わたしは諦めの気持ちでいっぱいだった。
もう二度とあのうどんは食べられないかも。
なにせ、うどんどころか、桜祭り自体なくなってしまうかもしれなかった。それぐらい未曾有の事態が起きていたのだ。
なので、先日、その公園の前を通りかかったとき、桜祭り開催を知らせる案内を目にして、わたしがどれほど歓喜したか。かつ、例のうどんがあるとわかって、いかに雀躍したことか。想像に難くはないだろう。
そのとき、渋谷で打ち合わせの予定があり、駅に向かって歩いていたのだけれど、すぐさま時計を確認した。少し早めに家を出ていたお陰で、10〜20分の猶予があった。
よし、いける。
猪突猛進でうどんを売っている出店に急いだ。
「うどんください!」
「はい、すぐに作りますからね」
お姉さんが手際よく調理してくれた。ここぞとばかり、5年間、ずっと気になっていたことを質問してみた。
「このうどん、5年前にも食べたんですが、異様に美味しくて。いったい全体どういうことなんですか?」
「どういうことって、そりゃ、老舗の味だからね」
なんでも、この出汁はこの地域の老舗蕎麦屋さんのものらしく、仕込みに40日以上かかる逸品なんだとか。
「なるほど! だから、こんなに美味しいのか!」
「そうそう。やっぱり、全然違うよね」
「ちなみに、そのお店ってどこにあるんですか? ぜひお伺いしたいなぁ、と」
「ああ、もう閉店しちゃったのよ」
ガーンッ、という音が頭の中に鳴り響いた。幻の味が日常的に楽しめると思った矢先、再び、遠い存在に戻ってしまった。
「じゃあ、ここでしか食べられないんですね」
「そうなのよ。だから、よかったよね。久しぶりに桜祭り、復活して」
「た、たしかに」
「はい。お待たせ」
お姉さんの言葉で、こうしてこのうどんと再会できた奇跡に感謝すべきと気づかされ、記憶と寸分違わないビジュアルに胸を打たれた。
そして、一口。
う……、美味い……。美味過ぎる。
人前にもかかわらず、5年前と変わらぬ感嘆が漏れてしまった。
すると、お姉さんが離れたところにいたおじさんを呼び出して、
「ちょっと、ちょっと。この人、凄く美味しいって言ってくれてるよ」
と、嬉しそうに報告した。
おじさんはにんまり笑顔で頭を下げた。
「ありがとうございます」
「もしかして、あなたは」
そう。いまはなき老舗お蕎麦屋さんの店主だった。
このとき、出発すべき時間を過ぎていたので、あまり詳しく話はできなかったけれど、むしろお礼を言うべきはこちらの方だと感謝の言葉だけは伝えた。
「また来年も食べにきます!」
「ええ。どうも。毎度あり」
駅までの道のりを走りながら、わたしは自分の心が満開に咲き誇っていくのを感じた。
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