【短歌】三日坊主になってないぞ! やった! でも、毎日、なんて詠んだものかと頭を悩ませています…… 8月24日-9月2日分
時事考察が重なってしまって、noteにまとめを投稿できていなかったけれど、一応、Xで短歌の毎日投稿は続けていた。
もちろん、自分で勝手に始めたことなので、辞めたからって誰かに罰せられたりはしない。それでも、子どもの頃から三日坊主で様々なチャレンジを投げ出してきた身としては頑張ってみたくなるのだ。大人になったぞ! と証明するかのように。
noteの毎日投稿をしているのも似たような理由で、元来、なにかをコツコツ継続できる人間になろうという個人的な試みなのである。そして、それができている以上、プラスアルファで短歌を始めても問題はないと甘く見積もっていた。
正直、数千文字の文章を3000日書き続けている自信から、57577のわずか31文字を詠むことぐらい、ラーメンにほうれん草をトッピングする程度のカロリーだろうとたかを括っていた。
ところが違った。全然違った。
短歌は少しも軽くなかった。ヘビーだった。あれこれアイディアを書き殴っては指折り音の数を数えて、ああでもない、こうでもないと悩みまくらなきゃ一首が仕上がらない。なにもこだわっているつもりはない。制約の中で意味が通る言葉の並びを探そうとすると、めちゃくちゃ大変なのである。
そんなわけで、最近は目覚めると同時にお題の言葉をメモ帳に記録し、少しでも時間ができたらいいフレーズがないかとブレストに励む日々を送っている。そうやってできた二十首を以下にまとめていくので、読んでもらえると嬉しいです!
8/24 お題「ラブレター」
入試って学校からのラブレター
なのに振るってどういうことよ?
受験生だった頃、そんな風に教えられた。入試問題は大学から君たちに送るラブレターなんだ。こんな人に来てほしいというメッセージが込められているから、丁寧に読み解かなくちゃきけないよ、と。
それを聞いて、おかしいなぁと思ってた。だって、ラブレターなら振るか降らないかの選択権はこちらにあるはず。なのに、わたしを振るってどういうことよ? 告ってきたのはお前だろって。つまり、不合格通知が届いて、悔しかったということです。
8/25 お題「波」
空き缶に耳を当てたら波の音
覗いてみればアリのバカンス
貝殻を耳に当てると海の音がするというけれど、メカニズムとしては複雑な構造がノイズに揺らぎを生じさせるためなんだとか。だから、空き缶のようなシンプルな形をしているものでも、中にいろいろと入っていれば、波の音が聞こえるんじゃないかなぁと考えていた。
そのとき、どんなものが入っていたら楽しいだろうかと想像したとき、誰かがバカンスを過ごしている様子が思い浮かんだ。たぶん、缶に残っていた甘い汁を求めて集まってきたに違いない。すると、ビーチパラソルの下、サングラスをつけて寝転がるアリたちが姿を現した。
8/26 お題「道」
どの道を行くか迷ってきたけれど
割といいじゃん 我が走馬燈
僕の前に道はない。僕の後ろに道は出来る。高村光太郎は『道程』でそう書いていた。なるほどなぁと納得しつつも、実際問題、生きていると常に進むべき道を選んでいるような気がする。そして、毎回、これでいいのかなぁと不安になっている。
でも、いつか、わたしも死ぬわけで、そのときに走馬燈を見るとしたら、けっこう楽しいと思うんじゃないかと期待している。むかしを懐かしむとなったら、どの選択も悪くなかったように感じられるはずだから。たしかにいろいろあったけど、すべて、よし! と。オイディプス王の最期みたいに。
8/27 お題「プレゼント」
貰うよりあげる機会が多くなり
だから嬉しい このサプライズ
子どもの頃はプレゼントと言えば、だいたい、もらうものだった。友だちができたり、恋人ができたり、人間関係が広がっていくにつれてあげる機会も増えてきた。そして、大人になった現在。気づけば、あげる回数の方が多くなっている。
そんな中、たまにサプライズで誕生日プレゼントをもらったりするとめちゃくちゃ嬉しかったりするのだ。むかしは自分の誕生日なんて忘れるわけがないと思ってた。でも、30歳も過ぎると日々の忙しさから意識しないこともしばしば。ようやく、みんながサプライズを好きな理由がわかった気がする。
8/28 お題「鏡」
あんなに楽しかったのに
自分の顔見てしゅんとする
鏡嫌い
飲み会に参加すると、最初は面倒くさいと思っていても、飲んで食ってしゃべってをしているうちに楽しくなってきて、意外と盛り上がってしまうもの。我も忘れて騒いでいるけど、途中、トイレに行くと冷静になってしまう。特に鏡で自分の顔を見ると心臓が痛くなる。
顔が赤くなり、髪の毛はペタッとし、諸々、ひどい状態。別にどう思われたってかまわないんだけれど、こんな風になっていると知ってしまったら、気にしないわけにもいかない。急に楽しくなくなってしまう。あーあ、鏡なんて見なきゃよかった。
8/29 お題「霊」
ソロ飯で「二名ですか?」と尋ねられ
忘れたはずの罪思い出す
霊って、一般的に、なにかしらの未練を持っているもの。死んでもなお、それだけのエネルギーがあるってことは相当な恨みを抱えているんだろうと想像できる。だから、無作為に取り憑くなんてことはなくて、復讐したい相手をピンポイントで狙うんじゃなかろうか。
だから、もし、自分の背後に霊を指摘されたとしたら、きっとわたしは大きな罪を犯しているのだろう。そんなことを考えたとき、ファミレスでそれっぽいことを言われたら、すごくしんどいだろうなぁと思われてきた。
8/30 お題「本屋」
下北の本屋で買った最果タヒ
地元のそれと同じで違う
下北の本屋というのはヴィレヴァンのこと。いまやどこにでもあるお店なんだけど、なんか、下北のヴィレヴァンだけは特別な気がするんだよね。だから、そこで購入する本も特別な気がしてしまう。
ただ、逆に言うと、地元でも下北のヴィレヴァンと同じ本を購入できるって凄いことだよねって発見もあった。特別だって思うようにしているんだけど、それは交通費をかけているからなのかもしれない。まあ、究極、Amazonで買っても一緒なんだけどね。ただ、どこで買うかが重要だと思ってしまうのだ。
8/31 お題「胸」
若さとか胸とか顔が綺麗とか
変わりゆくもの褒められてもね
若さや容姿を褒めるってよくあることだけど、ずっと違和感があった。どちらも変わっていくものだから。その人の現在はいいけれど、そうじゃなくなったらダメになるという呪いになりそうな気がしている。
そういう意味では若くなくても、綺麗じゃなくても、その人を愛していたくなる部分こそが重要なんじゃなかろうか。それを心とか魂とか呼ぶのかもしれない。あるいは料理が美味しいとか、文章がうまいとか、その人が身につけた技術を褒めるのもいいかもしれない。
9/1 お題「8/32」
学校に来ている君と来ていない
わたしを分かつ並行世界
夏休み明け、学校へ行けない自分のところには9/1がやってこず、8/32と8月が続いていくのだろう。それは学校に行ける君とはパラレルワールドの出来事で、どっちが正しいとか、正しくないとか、そういう問題ではないんじゃなかろうか。
短歌を二行にわけたとき、上と下で並行世界が表現できると気がついた。だから、君とわたしがそれぞれの世界にいるようなビジュアルを意識した。
9/2 お題「泣く」
「おめでとう」やっと笑顔で言えたのに
黙れ悔しさ 引っ込め涙
スポーツでも文化系のことでも、趣味を同じくする人たちが集まって、一緒に切磋琢磨していくわけだが、その中でも勝ち負けがついてしまうのが切ないところ。身近な人がすごい結果を出したとき、「おめでとう」と伝えるのはけっこう大変。
それでも、人間として、身近な人の喜びを自分のことのように喜びたい。仲がよければなおさらのこと。どうにか笑顔で言ってみる。悔しさや涙は一人になって、悩めばいいさ。
以上、8/24〜9/2の短歌でした!
マシュマロやっています。
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