【読書コラム】27年会っていない友だちが人気小説家になり、SNSで会いたいと呼びかけてきた。この再会、懐かしいだけでは終わらないよね…… - 『45歳の線香花火』冬川智子(著)
昨年末、『最終兵器彼女』が全話無料公開されていた。
タイトルだけは知っているけど、実際に読んだことはなかったので、とりあえず1話だけでもチェックしてみようかと読み始めたら止まらなくなってしまった。
いわゆるセカイ系の代表作で、少年と少女の恋愛を中心とする個人的な問題が世界の破滅という大きな問題につながっていく物語なんだとわかってはいたが、ここまでエグい内容だったのかと衝撃を受けた。
なにせ、第1話はいかにもな青春もの。ちょっと抜けた女の子が頭がよさそうな男の子に告白。初めての恋愛にどうすればよいかわからないまま、交換日記を始めてみたりする初々しさが描かれる。と思ったら、街で買い物中だった男の子の頭上に戦闘機が。気づけば、爆撃に襲われ、命からがら逃げていると背中から鋼鉄の翼を生やし、敵と戦う彼女の姿を見てしまう。そして、ここで『最終兵器彼女』というタイトルが明かされ、これは普通の青春ものじゃないみたいだぞとわかる仕掛けになっていた。
いまとなってはそのタイトルをわたしたちは知っているので、こういう風に始まるんだという驚きでしかないけれど、当時の読者は本当にびっくりしたと思う。そりゃ、話題にもなるはずだと納得した。
なぜ戦争が起きているのか? なぜ彼女が最終兵器に改造されてしまったのか? なぜ地球は滅びなきゃいけないのか? なにもかもがちゃんと説明のないまま、物語は猛烈なスピードで進んでいく。
だけど、少年の心理描写が異様に細かく、彼女が最終兵器として殺したくない人たちを殺しまくっている一方、ただの高校生に過ぎない自分はなんて無力なんだろうという絶望感は身につまされるものがある。加えて、そんな無力な人間でも頑張れることがあるという展開には勇気をもらえる。
終盤、最終兵器であることを拒否した彼女が少年と夜逃げして、まだ被害の少ない港町のボロアパートを借り、額に汗かき働いて生活を一から作っていこうとするシーンがあり、ここが本当によかった。それまでエロゲー的な「そうはならんやろ」って感じの性的な表現に何度か脱落しそうになったけど、ヘシオドス『労働と日々』を思わせる労働讃歌が描かれるに至り、読み進めてよかったという感慨が胸に広がった。
そして、ラスト、ネット上でよく見るミーム的表現が登場。
これ、『最終兵器彼女』が元ネタだったんだと素朴な発見が嬉しい。
さて、そんなわけで無料公開期間中に読み切るぞと躍起になっていたのだけれど、合間合間で挿入される『45歳の線香花火』という作品がやたら気になった。全72話のほとんどに宣伝が出てきたので、50回以上は目にしたと思う。
結果、『最終兵器彼女』の超ヘビーな結末で心が荒んだ直後、間髪入れずにチェックしてしまった。
広告の段階では気づかなかったけれど、冬川智子さんと言えば、『マスタード・チョコレート』が有名。
美大を目指す内向的な女の子が予備校で自分の居場所を見つけ始め、なんとか合格した美大で一歩踏み出す勇気を得るまでの物語でとてもよかった。ガラケー時代の携帯サイトの連載だったから、1コマが大きく、1話16コマ構成という独特の縛りがあるものの、そのゆったりとしたテンポが功を奏した傑作で映画化もされている。
今回の『45歳の線香花火』も主人公は美術系の専門学校に通っていた女性。しかし、『マスタードチョコレート』と違って、彼女は自分の居場所を見つかられないまま卒業。別に不幸ではないけれど、これといった特徴もないまま、結婚し、出産し、45歳を迎えている。
こんなもんかと言われたら、こんなもんって感じもする。まわりのママ友を見ていても似たり寄ったり。でも、専門学校時代の友だちがテレビに出ていて愕然とする。新進気鋭の小説家として作品が大ヒット、いまをときめく人としてインタビューに応えているのだ。
27年前、彼女その友だちとは仲がよかった。もう一人の友だちと三人組で遊んでいた。なのに、授業中のグループ作業で言われた一言がきっかけで、そんな関係は壊れてしまった。
それは図星だった。地方の空気には馴染めなくて、「何か」になりたくて東京に出てきた。でも、その「何か」は具体的にイメージできているわけではなくて、まわりの普通な子たちとは違うって思いたいだけだった。ところが、むしろ、そんな考え方こそ普通も普通で、45歳のいま、地元に戻って地方の平凡な主婦をやっている。友だちの言っていた通りだった。
あのとき、なにも言い返せなかったのはそのことを本当は自分でもわかっていたからなのだろう。でも、じゃあ、あんたはなんなのさ? と思わないこともなかったはず。偉そうに言ってるけど、あんたは「何か」になれるわけ? と。口にこそ出さなかったけれど、そんな風に自らを言い聞かせることで心のバランスを保っていたに違いない。
なのに、テレビでその友だちが「何か」になったことを知ってしまう。小説家として輝いている。その事実で彼女の心は壊れてしまう。気づけば、友だちの小説のレビューサイトに星1をつけていた。匿名で批判コメントを書いていた。立派なアンチになっていた。
で、第1話終了。この始まり方はヤバい! 『最終兵器彼女』の第1話と比べれば地味だけど、これ、めっちゃ怖い話だったんかという衝撃はなかなか。またしても続きが読みたくなってしまって、コミックスを購入した。
第2話は小説家になった友だち視点で、なるほど、確かに「何か」にはなれたけれど、日々の生活は満たされないことばかり。成功すれば幸せになれるんじゃなかったの? みんながわたしを愛してくれるんじゃなかったの?
でも、側にいるのはパッとしない夫だけ。そんな夫は急な仕事が増えていているし、Yシャツにはわたしのではない長い髪の毛がついているし、最近、セックスはしてないし……。こんなとき、友だちがいれば悩みを話せたり、楽しいことですべてを忘れられるんだろうなぁ。そんなことを漠然と考えて、自分の意地悪な一言のせいで疎遠となってしまった専門学生時代の友だちを懐かしむ。
二人とも声をかけたら会ってくれるだろうか? 勇気を出して、SNSに投稿してみる。
異なる道を歩んできた対照的な二人の葛藤が面白い。夢を叶えたもの。夢を叶えられなかったもの。どちらもリアルで痛々しい。
ただ、この漫画が凄いのは仲良しグループにもう一人、おっとりとしてふくよかな女の子を配置しているところ。
この子は二人と違って主張するタイプではなく、絵は上手だけど前に出ていくのは苦手。子供の頃から存在感が薄いと言われ、クラスの隅で静かに絵を描いてきた。専門学校では話の合う友だちが二人できたけど、その二人は喧嘩別れになってしまって、自分から声をかけられないまま、ひとりぼっちに戻ってしまった。
絵のうまさを活かしてイラストレーターになったものの、カッコいいのは名前だけで実態は安く使える便利屋さん。理不尽な要求をぜんぶ受け入れ、無理な修正依頼に応えなければ「いくらでも代わりはいるんで」と切られてしまう。
心療内科に通っている。高齢の母は未だに結婚を諦めきれないようで街コンのチラシを渡してくる。こんな生活、いつまで続くわからない。他の二人とは違った不安を抱えている。
18歳の頃は同じ場所にいて、同じ方向を見ていた三人。27年の時が経ち、それぞれ違う場所に立っている。
一人はこれからの未来に悩み。一人はあのときの過去を悔やみ。一人はいまをどうしたものかと苦しんでいる。そんな三人が再会するとか、なにが起こるのか。
これは続きが気になって仕方ない。
案外、こういう話ってあり得るんだらうなぁと思う。むかしと違って、SNSが普及したことで疎遠になった人たちの動向がよかれ悪しかれ入ってきてしまう。結婚したとか、子どもがいるとか、こんな仕事をしているんだとか、趣味でなにをやっているとか。なんなら、リアルに会っているよりも詳細が把握できる場合も。
かつて、合わない相手とは距離を取れば、簡単にすべてを忘れることができた。落ち度がどちらにあろうとも、「あいつ生きてるのかな?」と冗談みたいに言うことで、嫌な出来事は終わったこととして処理できた。
でも、いまは違う。あいつが生きているかはすぐわかる。しかも、SNSにはいいことしか載っていないので、自分より幸せそうにしている姿が見えてしまう。自然、わたしの人生ってなんなんだろう? とモヤモヤが心に生じてしまう。
2022年にノーベル文学賞を受賞したアニー・エルノーの著作に"Mémoire de fille(少女の思い出)"(2016)という作品がある。その中で76歳のエルノーは18歳のときに初めてのセックスで受けた屈辱的な思いを告白し、あのときの男がいまなにをしているのか、約60年ぶりにGoogleで調べてみる。
現状、"Mémoire de fille"の翻訳は出ていないので、以下、拙訳からその場面を引用。
60年前、自分にトラウマを植え付けた男は地元の新聞で金婚式を迎えた幸せなおじいちゃんとして紹介されていた。たくさんの仲間に囲まれて笑っていた。まるで60年前の出来事が存在しないかのようである。エルノーはこの現実に大きな戸惑いを覚える。
これを読んだとき、わたしは性加害が一生の傷になることをありありと感じて、恐怖した。
エルノーと言えば、『シンプルな情熱』で年下と不倫した過去を明かしたり、『事件』で非合法な中絶手術を受けた過去を明かしたり、自らの経験を赤裸々に語るオートフィクションの名手として知られている。
もはや秘密はなにもないと思われているエルノーであっても、18歳の少女時代に受けた屈辱的な記憶を語ることはなかなかできなかった。それでも、インターネットによって当時の自分が亡霊のように蘇ってきたことで、そのことについて語らざるを得なくなっていく。そうしなれば、76歳になっても過去の痛みに耐えられないと言わんばかりに。
すべてがデータベースに取り込まれ、忘れたいことを忘れられなくなったしまった現代社会。泣き寝入りをしていても、自分を傷つけた人間の活躍がなんらかの形で目に入ってしまう。そうなったとき、人は示談してようが、お前にも原因があると批判されようが、ぜんぶを明るみにするという選択をとるようになる。膨らみ続けるトラウマは一人で抱え持つにはあまりに重過ぎるから。
果たして、『45歳の線香花火』はどういう展開を辿っていくのか。SNSのせいで再びつながってしまった45歳の女たちの行く末はどんな風に輝き落ちるのか。
追いかけなきゃいけない漫画がまたひとつ増えた。
マシュマロやっています。
匿名のメッセージを大募集!
質問、感想、お悩み、
読んでほしい本、
見てほしい映画、
社会に対する憤り、エトセトラ。
ぜひぜひ気楽にお寄せください!!
ブルースカイ始めました。
いまはひたすら孤独で退屈なので、やっている方いたら、ぜひぜひこちらでもつながりましょう!