【映画感想文】ズレたわたしの人生もこんな風に帳尻が合うといいなぁ - 『1秒先の彼女』監督:チェン・ユーシュン
先日、大学時代に所属していた映画サークルの忘年会があった。現役の学生も、OB・OGも集まって、ワイワイがやがや楽しかった。
二十代、三十代、四十代。三世代でいろいろ話す中、それぞれ、青春時代のカリスマ的な監督は誰かについて議論が展開。思いのほか、盛り上がった。
若い子たちはいまをときめく『ドライブ・マイ・カー』の濱口竜介監督にゾッコン。上の人たちは最近も『キリエの詩』を発表するなど、最先端を走り続ける岩井俊二監督の影響を受けまくったなぁとむかしを懐かしんでいた。
ちなみに、三十歳のわたしは誰の名前をあげたかと言うと、『天然コケッコー』の山下敦弘監督。ある先輩がわかるわかると共感してくれた。
「じゃあ、今年の夏にやってた新作は見に行ったの?」
「あれですよね。『1秒先の彼』ですよね」
「そうそう。岡田将生と清原果耶が出てるやつ」
「いやー、まだ見れてなくて。めちゃくちゃ行きたかったんですけど、ちょうど一番忙しい時期で。精神、バリバリに病んじゃってて」
「そっか、そっか。大変だったんだね。わたしもまだ見れてなくてさ。元の映画は面白かったし、山下監督がどんな風にリメイクしたのか、気になってはいるんだよね」
「え。あれ、リメイクなんですか」
「うん。たしか、台湾の映画だったかな」
そのとき、誰かが「なんの話してるの?」と割り込んできて、あれよあれよとトークテーマは別の内容に変わってしまった。でも、「台湾の映画」という先輩の一言だけはわたしの頭にしっかり残った。
夕方五時に乾杯し、二次会、三次会と盛り上がり、終電でギリギリ帰宅。シャワーを浴び、ポカリスウェットを飲みながら、「台湾の映画」について調べた。すると、Amazonプライムにあるではないか。『1秒先の彼女』という台湾映画。
山下監督のタイトルは『1秒先の彼』だから、元の映画は男女逆なんだと興味を持ちつつ、追加料金なしで観れるし、とりあえず、眠くなるまでと再生してみた。
かなり酔っていた。たぶん、寝落ちすると覚悟していた。歯を磨いた方がいいとは思ったものの、一日ぐらい大丈夫だろうとずぼらにかまえ、ソファにごらんと寝そべった。
ところが、気づけば、わたしは半身を起こしていた。徐々に体勢は前のめり、膝に手を置き真面目な鑑賞スタイルで前のめりになっていた。それぐらい、チェン・ユーシェン監督の現実と空想が入り混じるゆるふわワールドの虜となってしまった。
物語はいきなり奇妙。痛々しく日焼けした女の子が警察を訪れて一言。「失くしものをしました。昨日を失くしてしまったんです」そして、彼女が幼い頃からズレていて、常に、人よりも一秒早く行動してきた過去が紐解かれていく。
原題は『消失的情人節』。英語にすると"My Missing Valentine"らしく、要するに、失われた一日というのはバレンタインデーのこと。
日本の感覚だと、バレンタインデーは好きな人にチョコレートを渡すお祭り。もちろん、楽しい一日だけど、正直、クリスマスと比較したら地味な印象がある。
ところが、台湾におけるバレンタインデー事情は大いに違っているらしい。
まず、一年に二回あるというから驚きだ。二月十四日に加え、七月七日もバレンタインデーなんだとか。さらにプレゼントを贈るのは女性からではなくて、男性から。その上、三月十四日のホワイトデーもあるのだが、これまた男性が女性に贈り物をするという。
なお、『1秒先の彼女』で主人公が失ったのは七月七日。恋人と過ごす記念日として、台湾ではクリスマスより重要。
せっかちで、まわりとズレた行動をしてしまう彼女は恋人と縁がなかった。でも、最近、ある素敵な男性と出会い、生まれて初めてバレンタインデーを満喫できるかもと楽しみにしていた。それなのに! 気づいたら、バレンタインデーは終わっていて、なぜか身体はヒリヒリ真っ赤。
どうして? なんで? なにがあったの?
戸惑う彼女はあれこれ過去を振り返り、やがて、真相を突き止めるに至るわけだけど、これがもう最高! 人生、そうでなくっちゃ、と心打たれる。
他の人とズレていることはマイナスかもしれない。ただ、そのマイナスはいつか、ちゃんと帳尻が合うようになっている。そんな希望を抱ける素敵な映画だった。
例えば、生きている以上、みんな経験を積んではきている。でも、それがなんの役に立つかと聞かれたら、これと言った答えを出せないのが普通だろう。
ただ、その意味はわたしたちの前方にはないのかもしれない。一度、立ち止まり、後ろを振り返ったとき、そういうことだったのかと後々わかってくるものなのではないだろうか。
高村光太郎は『道程』でこう書いている。
『1秒先の彼女』が失くしたバレンタインデーは、彼女が歩んでいた道のりを知るために必要な一日だったのだ。そのことを台湾の美しい景色を織り交ぜながら、チェン・ユーシュン監督は鮮烈に描き切った。
果たして、山下監督はこれをどんな風にリメイクしたのだろう。そんなことを考え、エンドロールを眺めていたら、窓の外から朝日が差し込み始めていた。
鳥がちゅんちゅん鳴いていた。自然、ふわぁーっとあくびが漏れて、わたしは大きく背筋を伸ばした。
本当はこのまま眠ってしまいたかった。でも、いま、ちゃんとしておくことが後々、人生の帳尻合わせに役立ったりして。それならと一念発起、歯を磨くため、ヨロヨロ洗面台へ向かった。
さすがにちょっと飲み過ぎたらしい。このまま寝たら、わたしも今日という一日を失くしてしまいそう。お酒の量、ほんと、気をつけなきゃだ。とはいえ、楽しい飲み会だったなぁ。
マシュマロやっています。
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