【ショートショート】ちょっと未来 (2,998文字)
道玄坂を歩いていたら、Y2Kファッションに身を包んだ男の子が挙動不審にキョロキョロしていた。赤いプーマのジャケットに迷彩柄の極太カーゴパンツを合わせ、靴はモノトーンのコンバース、首にはヘッドフォンをかけていた。
懐かしいなぁと眺めていたら、うっかり目と目が合ってしまって、
「すみません。ちょっといいですか」
と、声をかけられた。
「え。なんですか」
「いまって西暦何年ですか?」
思わず、立ち止まり、目をパチパチさせてしまった。それはあまりに過去からやってきたヤツのセリフ過ぎた。
あたりを見渡し、わたしはカメラがないか探した。こいつはどうせ迷惑系YouTuberで、無差別に路上ドッキリを仕掛けているのだろう。そう考えると段々腹が立ってきた。
「意味わかんない。撮影しているなら、やめてもらってもいいですか」
男の子は素っ頓狂な表情を浮かべた。
「撮影? いや、テレビとかじゃないんです。単純にいまが西暦何年なのか知りたくて」
「そんなの、2024年に決まっているでしょ」
吐き捨てるように答えたところ、男の子は小さくガッツポーズ。静かにじっくり喜び始めた。
「うまくいった。狙い通り、2024年にやってきたぞ。ってことは、もうスカイカーは実用化されているんですよね?」
「はあ。なにそれ」
「空飛ぶクルマのことですよ」
「ああ。今度の万博で目玉になるとか」
「万博? どこでやるんですか」
「大阪」
「いや、大阪万博って昭和かいっ!」
男の子は楽しそうにツッコミを入れてきた。しっかりジェスチャーもつけていた。ただ、こちらとしてはボケたつもりが全然なくて、正直、素直に戸惑った。
たちまち気まずい空気が流れた。通行人はビュンビュン通り過ぎていった。
やがて、男の子は恐る恐る、
「もしかして、本当に大阪万博が開催され、その目玉が空飛ぶクルマなんですか?」
と、聞いてきた。首を縦に振った。直後、男の子はその場にヘナヘナ倒れ込み、orzの姿勢となった。
「なんでだよ。2024年には実現しているって話だったのに嘘じゃねえか」
悔しそうにアスファルトを叩いていた。いよいよ不審さが峠を越した。そこら中から投げかけられる冷ややかな視線に耐えられず、わたしは男の子は引っ張り起こして、近くのビルへ連れ込んだ。
すると、男の子は目の前の看板を見るや否や、声を振るわせ、
「え。ちょっと、これはいったいなんですか。ユニクロじゃないですか」
と、つぶやいた。
「そうだよ。ユニクロだよ」
「ここは渋谷ですよ。おかしいじゃないですか。フリースなんて国道沿いで買えばいいでしょ」
その顔はいたって真剣だった。ここにきて、ようやく、わたしは男の子が本当に2000年代前半からやってきたのだと信じざるを得なかった。
「あなた、マジで過去からやってきたの?」
「そうですけど、なにか」
男の子はすっかりやさぐれた態度になっていた。対して、こちらのテンションはガンガンにぶち上がり、
「いや、凄いじゃん。過去からやってくるなんて。でもさ、どうして2024年にやってきたの? 目的があったわけ?」
と、俄然興味が湧いてしまった。
「当たり前でしょ。2024年には様々な技術が完成するってテレビでやっていたんです。その光景をこの目で早く確かめたくて、僕はタイムマシンを発明したんです」
「やば。DIYじゃん」
「なのにスカイカーが実用化されていないなんて。だったら、この時代はなにが道を走っているんですか?」
「普通に車だよ。あとは電動キックボード」
「子どもの遊びじゃないですか!」
「仕方ないでしょ。空飛ぶクルマより安全で便利なんだから」
「だったら、日常生活に変化はありますか? 2024年にはテレビ電話が当たり前になるって言ってましたが」
「ああ。それならあるよ」
わたしはバッグからスマホを取り出し、男の子に見せてあげた。
「もしかして、それが未来の電話ですか」
「まあねー」
「おお! では、相手の顔を見ながら通話ができるんですね」
「一応ね」
「一応?」
「うーん。機能としてはあるんだけど、実際にはそんな使わないかな」
「どうして?」
「面倒臭いから。必要事項はLINEで事足りるし」
「LINE?」
「ああ、ごめん。チャットみたいなもん。みんな、これでやりとりしてるの」
男の子は唖然としていた。未来が想定よりも未来じゃないことにショックを受けているようだった。
わたしはなんとか凄いところをアピールすべく、
「じゃあ、これなんてどう? ネット上でいつでもどこでも好きなものが買えるんだよ」
と、Amazonアプリを見せてあげた。男の子の目にわずかながら光が戻った。
「バーチャル空間でショッピングが楽しめるってやつですか?」
「そうそう」
「おお! それは実現しているんですね」
「こうやって欲しいものを検索してね、何回かクリックするだけで買えちゃうんだよ。楽ちんでしょ」
うまく説明できたと安心し、男の子の方に顔を向けると、その瞳はビー玉みたいになっていたので驚いた。
「バーチャル空間を歩き回って、バーチャルな接客を受けられるんじゃないんですか?」
「ああ。そういうサイトもあったけど、面倒臭くて、誰も使わず廃れちゃったよ」
はぁ……。はぁ……。
男の子はため息を深々、二回ついた。
「こんなんじゃ、20年前と全然変わらないじゃないですか」
「いや、そんなことないって」
「だったら、自動で料理を作ってくれるロボット調理器は普及していますか?」
「それはないけど、冷凍食品がめちゃくちゃ美味しくなったよ」
「みんな、ロボット犬を飼っているんですよね?」
「ううん。普通にチワワとか」
「さすがに明石家さんまは引退しましたよね?」
「いまもずっと喋ってる」
「じゃあ、一番人気の漫画はなんですか?」
「……ワンピース」
「やっぱり変わらないじゃん!」
こうなってしまうとぐうの音も出なかった。変わっていることはたくさんあるはずなのに、改めてそんな風に聞かれると、まるでなにも変わっていないようだった。
どうすれば誤解が解けるのか。右往左往、あれやこれやと悩んでいると、男の子は腕時計をポチポチ触り始めた。
「なにをしているの?」
「もっと未来へ行くことにします」
「ってことは、それがタイムマシン?」
「ええ。どうやら僕は来る時代を間違えてしまったようです。お騒がせしてすみませんでした。そして、いろいろ教えて頂きありがとうございます」
急に締めっぽいフレーズを言い出した。わたしは慌てて、2024年にジャニーズ事務所が存在しないこと、松本人志は芸能界から消えたこと、国際情勢は第三次世界大戦の様相を呈していることなど伝えようとした。だから、2000年代前半とは全然違うよと示したかった。だが、すでに男の子の身体は半透明になりかけていたので、
「じゃあね」
と、別れの言葉だけが唇から漏れた。
「さようなら。もし、未来で再会することがあったら、そのときはよろしくお願いします」
「待って。次は何年に行くつもり?」
男の子はキリッとした顔つきで答えた。
「2034年」
おいおい、いくらなんでも10年じゃそこまで変わらんてと呆れつつ、実際問題、なにがどうなっているかわからないもんなぁと迷っていたら、男の子は綺麗さっぱり消えてしまった。
てか、手作りのタイムマシンで時空を旅するお前の方がよっぽど未来じゃん、とわたしは思った。
(了)
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