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【映画感想文】ゲームのような設定と演出でリアリティこそないけれど…… - 『シビル・ウォー アメリカ最後の日』監督:アレックス・ガーランド

 それは、今日、起こるかもしれないというキャッチコピーに惹かれて『シビル・ウォー アメリカ最後の日』を見たら、きっと肩透かしを食らうだろう。というのも、そこで描かれているアメリカ内戦はまったくもってリアリティがないのだから。

 宣伝などで公開されている設定としてはテキサスとカリフォルニアが連邦政府に独立戦争を仕掛けるというもの。さも、現代のアメリカで内戦が発生したらを描いているように感じられる。

 実際、2021年には議会襲撃事件もあったし、大統領選ではトランプとハリスが激しい接戦を繰り広げ、どちらが勝っても分断が深まることは必至ときている。だから、つい、大統領選に納得のいかない陣営が武装蜂起する物語を想像してしまう。

 だが、ちょっと待ってほしい。テキサスとカリフォルニアが独立? 共和党支持者の多いテキサスと民主党支持者の多いカリフォルニアがどうして? どうやら、この映画はそう単純なストーリーではないようなのだ。

 劇中、なにが原因で内戦が勃発するに至ったか、細かいことは明かされていない。ただ、ちょっとした会話に耳を傾けていくとめちゃくちゃぶっ飛んだ世界観になっていることがわかってくる。

 端的に言うなら、大統領が憲法を改正し、無理やり3期目を務めるに至ったので、そんなファシスト野郎は許せねえ! とテキサスとカリフォルニアが思想の差異を乗り越え、大統領をぶっ殺すために立ち上がったという設定になっているのだ。

 なんというか、ゲームっぽい笑

 そして、そのゲームっぽさは設定に限ったものではなく、戦闘シーンの謎にスピーディな描写などにも現れていて、とことんリアリティと乖離している。BGMもヒップホップだし、グランドセフトオートのプレイ動画を見ているみたい。

 悪く言えば嘘くさく、よく言えばエキサイティング。基本的に緊張感はない。まるでCall of Dutyのキャンペーンをプレイするような感覚で撃ち合いがスタイリッシュに繰り返されていく。

 特に、主人公がジャーナリストたちで、三人称視点から殺し合いを捉えていくため、戦争の空虚さは徹底されている。しかも、現実と違って、プレスの安全は確保すべしというルールが徹底されているらしく、目の前の死が他人事として現れている。

 なんだけど、時折、挟み込まれる負傷シーンはやたら生々しく、あれ? これはゲームじゃないのか? と心地よい夢から叩き起こされる。このギャップがやたら不安で、見ていて着実に不快感が溜まっていく。

 もちろん、これは監督であるアレックス・ガーランドの狙いに違いない。この人はもともと海外特派員を目指していたが、うまくいかず、小説家としてデビューしたんだとか。

20歳のころに海外特派員になろうと強く決意した私は、世界各地を旅して記者証を偽装したり、デモに参加したり、地元のジャーナリストに同行したりと特派員の真似事をしていました。そこで見聞きしたことをルポルタージュとして書こうと思ったのですがなかなかうまくいかず……そして特派員としては成功できないと悟りました。そのフラストレーションから小説の『ビーチ』を書きはじめたんです。

CINRA:『シビル・ウォー アメリカ最後の日』アレックス・ガーランド監督が語る「右派と左派が喧嘩せず議論できる映画を」より

 ちなみにここで言っている『ビーチ』とはレオナルド・ディカプリオ主演で映画された、あの『ザ・ビーチ』のこと。ジャーナリストにはならなかったけれど、若くして才能をバリバリに発揮しまくっているから半端ない。

 その後も『ザ・ビーチ』を監督したダニー・ボイル(代表作:『トレインスポッティング』『スラムドッグ$ミリオネア』など)とタッグを組み、ホラー映画『28日後…』の脚本を担当している。当時、この作品はゾンビが全力疾走で追いかけてくる斬新さが話題となり、わたしも夢中になって見たものだ。また、カズオイシグロ原作『わたしを離さないで』の脚本も担当するなど、仕掛けの多い作品を多く手掛けてきた。

 そして、監督に転身してからも、人工知能を扱った『エクス・マキナ』や同じ顔や男たちが登場しまくる『MEN 同じ顔の男たち』を制作。とにかく観客の常識をうまく活用し、SFやスリラーといったフィクションの世界で予想外を形にするのが上手い人なのだ。

 してみれば、今回の『シビル・ウォー アメリカ最後の日』を現実的なものとして見たら本質を捉え損なってしまう。

 では、なにを言いたいのか。確実なのはアメリカに広がる分断を止めたいという思いだろう。ただ、その手段を本気になって考えてみたところ、ファシストな大統領という共通の敵がいなければ無理という絶望的な答えに辿り着いたところから、おそらく、この映画の着想は始まっている。

 先に挙げたインタビューでも、監督はその可能性を示唆している。

ガーランド:伝統的にカリフォルニアは民主党の州で、テキサスは共和党の州です。そんなカリフォルニアとテキサスが、映画のなかでファシストの大統領と戦うために手を組みます。

そこで本作は観客に問いかけるのです。「民主党と共和党が『ファシズムは悪だ』と同意して手を組むことが、なぜそれほど想像できないのでしょうか?」と。もしあなたがそんな状況は想像できないと考えているのならば、それはあなた自身の問題を反映しているのかもしれません。

CINRA:『シビル・ウォー アメリカ最後の日』アレックス・ガーランド監督が語る「右派と左派が喧嘩せず議論できる映画を」より

 明言は避けているけれど、要するに監督はそのファシストとしてトランプを想定しているのだろうが、その是非はなかなか難しいところ。だからこそ、本作の中でファシストの大統領をトランプに寄せるような演出は採用されていなかった。

 というか、大統領がどのような人物なのか、ほとんど描いてさえいなかった。それは観客に対して明かされていないだけではなく、作中世界でも大統領は長いこと取材に応じていないようで、内戦でめちゃくちゃになっているけど、国民はトップの真意がわからない状況に陥っていた。

 つまり、ジャーナリズムが機能不全を起こしているのである。だからこそ、主人公たちは大統領の声を聞きにいかなくてはいけないと決意。戦闘地域を通ってワシントンD.C.を目指すというメインストーリーが出来上がる。

 そのメンバーが実に象徴的だった。ベテラン白人記者の女性を中心に、彼女に憧れるZ世代の白人記者見習いがついてくる。また、南米系の男性記者は彼女の相棒を務め、彼女の師匠に当たる太った老人もついてくる。

 世代の違い。人種の違い。健康状態の違い。分断の予兆が現れている。ただ、四人は旅をする中で互いに助け合い、共存を体現していく。まわりで悲惨な殺し合いが起こっているにもかかわらず、楽しいアトラクションを味わっているかのように興奮しながら。

 当然、そこにはリアリティのかけらも存在しない。ゲームのような空虚さであふれている。なので、見ていてずっと不安だった。アレックス・ガーランドが伏線を張っているのは明らかだったから。この後、彼女たちをとんでもない現実が襲うと考えたら、ファンキーに盛り上がっているすべてが痛々しかった。

 結果、思った通りの展開になった。普通は伏線がわかっていたら興醒めしてしまうものだけど、この作品の場合はこちらの予想を上回る残酷さを提示してくるので、しっかりと心をやられた。あまりの恐ろしさに身体をよじらせてしまうほどだった。

 四人はアジア系の記者二人と合流し、戦場とは思えない浮かれ具合でふざけ合っていたのだが、武装した差別主義者につかまってしまう。そして、アジア系の記者を問答無用で撃ち殺してから、他のメンバーに順々、予告編でも採用されている強烈な問いを投げかけていく。

「お前はどの種類のアメリカ人だ?」

 女性陣は出身地を答えていく。コロラド。ミズーリ。ほうほう。それは本当のアメリカだ。見るからに白人の二人には優しい。

 でも、南米系の男に対しては厳し目で、中米か? 南米か? フロリダか? セントラルか? としつこく尋ね続ける。

 このやりとりを聞きながら、残されたアジア系の記者はガタガタ震え、涙を流している。差別主義者は彼に近づき、

「英語で話せ」

 と、迫る。彼は英語で答える。それでも差別主義者は

「ちゃんと英語で話せ」

 と、圧をかけ続ける。そして、改めて問う。

「お前はどこの出身だ?」

「……香港」

「中国か」

 バンッ! あっさり殺してしまう。

 ここにきて、それまでのゲームみたいな空気は消えてなくなる。ジャーナリストたちは安全なわけでもなんでもなくて、いつ、殺されてもおかしくなかったのだと認識を新たにする。カメラのファインダー越しに見ていた光景がぐっと近づく。主人公たちの味わった恐怖を観客もまた追体験するのである。

 これ以降、ホワイトハウス突入に関しても、あくまでゲームのような映像が繰り広げられるわけだが、我々はこれがゲームじゃないことを知ってしまっている。大統領を殺すという勝利条件を達成した後も本当はエンドロールが流れるわけはない、と。でも、同時にこれは映画でもあって、そのタイミングでエンドロールが流れることも知っている。このアンビバレントな感情に胸が張り裂けそうになる。

 全編、ゲームのような設定と演出でリアリティこそないけれど、スマホ中毒でバーチャルな世界に生きているお前らにとっての戦争はこういうもんだろ! と突きつけられたような気がした。

 しばらく立ち直れないと思う。




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