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摂食障がいの克服292【いのち】

 こんばんは。

 恵まれたことに長寿の家系なので、祖父母のことも見送ったのが比較的最近になります。両親も元気です。また、親類という存在が多いです。それって本当に恵まれていることなんだなと私は思いました。

 今1週間働くことは体力的にきついです。出勤・帰宅ともに遅いため、必然的に出勤前に事前準備や勉強をしてしまいます。時間があればそれだけ念入りにしてしまい、従って出勤してから退勤するまでに、力尽きたかも‥と感じる瞬間もありつつ、最後まで仕事して帰宅しています。水曜あたりから指折り土曜の夜を待ち、土曜になるとほっとします。然しながらもう日曜には次の週の予定を頭に入れて、頭で準備し始める。

 このお仕事を続けるべきなのかどうか。普通は毎日毎日ここまで考えないものだと思うけれど、なぜか本当に正しいのか、本当にこれでいいのか、考えています。

 今日、大切な方の人生の終わりというものに向き合い、私は自分の感情が大丈夫かと思うくらい自分も心配になったけれど、けれど。その方のご家族に寄り添い、支えるというか、みんなみんな号泣しながらお互いを支えるだけで精一杯だった、そんな空間で。

 私はそのご家族の方の何かにこれから絶対になるからね(人って支えが必要だから、私がそれの一部にはこれからなるし、守るからね)、って何度もそう思いました。

 私自身がすごい根の暗い人間ではあるけれど、生まれつき根暗だったわけではなく、これまでの環境がそうさせていることにおいて、恨みのような感情もある。こんなはずじゃなかった、とか。でも、この先も何年、何十年結果的に生きるとか、人と関わって生きていくということにおいて。今日みたいに、お互いがお互いが存在してよかったねって思える空間を大事にしていこうと何度も思いました。

 それが亡くなった存在にも感謝して生きていくことだと思うと、毎回大切な人にお別れしては思うのに、いつも現状の苦しさに飲み込まれてしまいます。

 祖父母を始め近いもう天国に召された親戚には毎日お祈りするようにしてる。また、お祈りする人が増えてしまった。

 人がひとりいなくなることってこれだけ悲しいことだと伝えたいし、私なんかはもう、来週から仕事ができるのかなって不安にまたなった。けれど、仕事はちゃんと現時点では続けるという意志がある以上、いい加減には勤めないけれど。

 自分という存在が、世間からいらないと言われているようで、その通りなんだろうとはわかりながらも、もしも私が消えたいとしたら、世間のためだけに生きているわけじゃないしなーって思ってみたり。

 ちょっとずれると思うのですが、最近年配の方と話していて、すごい自由を楽しんでいるわけです。いい時間の使い方ですね、そう伝えたところ、私の年代は❝目の前にあるものに苦しむ時期❞だと。そういう趣旨の答えが返ってきて。それで昨日の投稿のように考えてしまいました。それは今の私の人生がこの先20年ある前提になっていて、(昨日亡くなってしまった命に例えると)今私がこうやって仕事に苦しんで生きているのって正解なのかどうか、と。

 非常に生きるって難しいですよね。寿命は生きてみないとわからない。
 悔いなくという、立派なものじゃなくていいけれど。疑問だらけの日々で毎日過ごしていると悩みも多くなるもので。
 また、仮に義務感や”すべき”で今この生活を全うしたとして、”そろそろ海外に住んでみようかな”とか(仮に)。何かしようとしたときが、その正解の瞬間なのか。

 自分なんか、自分なんか。そう毎日自分を最低だって思い続けることは簡単だけど、というよりそれがすべての人生でしかないけれど。
 そんな自分でも自分がそれを実現できる間にしたいことをひとつ、ふたつするっていうことも、もう今までここまで無理もしてきたし、意義あることなんじゃないかなーって。

 昨日、近い存在が亡くなり、”キッチン”もだし”みんないってしまう”(山本文緒さんの小説です。20代ぐらいのふたりがワイワイ話しているかと思ったら最後の文章で、二人とも60代だったー‥と判明する衝撃的ストーリー。記憶のみで書いているので違うかもしれません)、そのことに心から悲しみながら、自分自身の現状や未来について考えたりした1日半でした。

 私自身も、現在摂食障がいの克服というところに大切とされる柱は失っており、ありません。摂食障がいというか過食という依存症に手を出せば、50キロという体重は60キロとかになることもある。周りは60キロでも生きてほしいという。でも60キロになるまでのこの生き地獄は、摂食障がい特有なので、なければないに越したことがない。

 けれど、過食症の私にも生きていることによって、誰かに何かできることもあると思って生きるしかない。恐らくは。
 それが、今日会いに行った方が、最後の力を振り絞って私に伝えてくれたことで、私の現状を知人と話す機会を与えてくれたことで、初めて会える素敵な存在を教えてくれたことで、それは年代に関わらず。
 
 想像以上にきつい1日になりました。
 眠剤飲んで眠ります。

 

 

 

 

 

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