奈良の大仏様はどう教えられてきたのか?(14)大仏よりも薬・病院?③ー歴史授業の進化史・古代編
もくじ
(1)はじめにーならの大仏さま
(2)天皇はいばってる?ー金沢嘉市氏の授業
(3)民衆を苦しめた?ー山下國幸氏の授業
(4)壮大な無駄?ー向山洋一氏の授業
(5)大仏よりも薬・病院?ー米山和男氏の授業
(6)オールジャパン・プロジェクトー安達弘の授業
(7)日本人と天皇と王女クラリス
(8)三島由紀夫と歴史教育
(5)大仏よりも薬・病院?ー米山和男氏の授業③しかたがなかった史観
次の段階に当たる(分節5)の子どもの発言を見てみよう。米山氏自身も言っているが、ここでの子どもたちの発言は「聖武天皇の考え方を追究していく方向」にある。この方向は鈴木さんの発言の途中で介入した教師自身の発言(カッコ書き内のTのところ)から後で大きく変化している。
鈴木76 (前略)(T 天然痘っていうのは?(年表を見て)つい最近なくなったんだね! Cたち あれでいいんだよ!(年表に書いてあること))いま、先生もつい最近になくなったっていったでしょう。治ったっていうかなくなったでしょう。それほどたいへんな病気だったんでしょう。そうすると、まだぜんぜん科学が進んでいないあの奈良時代なんて、当然無理でしょう!治せといったってね。だから仏の力に頼るというか、そういうふうにして大仏づくりをはじめたんじゃないかな。
野木77 (前略)でもね、その時代は神をね、神をすごく信じていたんだって。昔は神様が、神様が日本を治めてたんだって考えていたらしいの。だからね、聖武天皇は薬を入れるよりは大仏をつくった方が確率があると信じていたんだと思う。
大木85 ぼくも考えてみたんだけどね、たぶんぼくが考えたことはね、天皇も一度大仏をつくって祈るっていうか、そういうことをやる前に一度薬をやってみたんだと思うのね。でも、たぶん、これじゃああまり多すぎて、薬もあまり手に入らないし、効果なかったと思うのね、だから、後、天皇に残っているのは大仏をつくって仏に祈るしかないでしょう。(後略)
天然痘は1980年5月にWHOが世界根絶を宣言して終息した。つまり、この病気がなくなったのは人類の歴史でいえばつい最近のことである。
教師から示されたこの事実ひとつで子どもたちの意見は大きく変化した。
ここで大事なのは子どもたちが聖武天皇になってみて、聖武天皇の心の中を探っていることである。(分節2)もそうだったが、この(分節5)で奈良時代当時の聖武天皇の立場に立ってシミュレーションしているのである。
この聖武天皇シミュレーションによって奈良時代の正しい時代イメージを作ることができている。ここまで来て、米山氏が立てたこの授業の目標である「仏の力で貴族の争いがなくなったり日照りや天然痘が鎮まったりして、天皇を中心とした平和な国になるようにと聖武天皇が願って大仏を建立したことがわかる」は達成されたと言ってよいだろう。
ここまでは米山氏の授業が歴史の授業として非常にすぐれたものであることがわかる。しかしここから先は、先に述べた「矛盾」をキーワードにしてこの授業の残された問題点を探ってみよう。
じつは私が気になるのは、(分節5)における子どもたちの発言がすべて「しかたがなかった」という方向の発言になっていることである。これを「しかたがなかった」史観と呼ぶことにする。
「当然無理でしょう!治せといったってね。だから仏の力に頼る」
「大仏をつくった方が確率がある」
「天皇に残っているのは大仏をつくって仏に祈るしかないでしょう」
どうして「しかたがなかった」史観になるのか?
子どもたちの立ち位置が基本的に現代からの視点にあるからである。
ではなぜ、現代からの視点になるのかと言えば、授業者が「矛盾」=現代とのちがいを追究の大事なポイントにしているからである。
それが顕著なのは(分節5)の前の(分節4)における子どもたちの発言である。だがそれを論破した(分節5)の子どもたちも、聖武天皇だって薬を試したがダメ、手に入らないし効果がないからダメ、だからしかたなく大仏づくりを選択するしかなかったーという医学優位の現代感覚での論理展開になっている。
これは現代の人間のいわば「上から目線」の見方ではないだろうか。当時の人が「しかたがなかったから」大仏を作ったとは思えない。天皇から貴族、民衆までがあれほどの大事業にエネルギーを注いで作ったのである。それは「しかたなく」ではなく「大いなる期待」の中での作業であったに違いない。
なぜ奈良時代の人に対しては大仏建立は「無駄」あるいは「しかたがなかった」という授業展開にしてしまうのか?これは現代人が「上から目線」で奈良時代を見ていることへの証明であり、歴史に生きた人たちに対する不遜な態度と言えるだろう。
奈良時代の人々の立場に立って大仏建立に積極的な意味を見いだす展開が必要である。
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