口吻に興奮してフフン。見失って悲憤。
【昆虫エッセイ】
公園の中心にある広場を抜け、山へと続く散策路に差し掛かった。
左右から覆いかぶさる木々のアーチをくぐると、さっきまで体いっぱいに浴びていた陽の光が、今度は私の体から木の間を抜けてスルリ空へと立ち昇っていくように煌めき、影となり、辺りをまだら模様に染めていた。
空気の中をたゆたう光線につられて空を仰ぐ。
私の身長の倍以上ある枝の上。
柏の大きな葉の上の、小さな何かが、そこだけ光を透過しない影となって、その存在を知らせてくれているようだった。
一番手前にある枝先の葉を、精一杯背伸びをして指先でつまむ。
ゆっくりと枝ごとたぐり寄せる。
葉の上から小さな影が落ちてしまわないように、慎重に。
影の乗る葉に、手が届きそうだ。
葉の上はまだ見えない。
その葉先を傾げると、コロリと手のひらに転がってきたのはコナラシギゾウムシだった。
去年一度だけ見かけた、大好きなゾウムシ。
手の中でトコトコと歩きまわる。
長い口吻の中程からアンテナみたいにカックン!と飛び出した左右の触角を、UFOキャッチャーのアームの先のように開いたり閉じたり。
そうやって行き先でも決めているのか、時々考え込んではトコトコ歩く。
ずっと見ていられそうだった。
しかし、私たちのそんな時間は、長くは続かなかった。
手に乗せて、顔を見て、角度を変えて写真を撮っていると、前触れもなくコロリと落ちた。
枯れ草の中にコロリと落ちて、そのまま自然の中へ紛れ込んだ。
それっきり、だった。
私がゾウムシを好きな理由。
触るとコロリと転がってしまうところ、そして、逃げることも、抵抗することもせずに葉から手へ、手から葉へ、何の疑いもなく行き来するところ。
「コロリ死んだフリ」は、ゾウムシ好きにはたまらないアトラクションだったりするのだ。
こんなに大きな森の中の、大きな柏の高い枝葉にいるこの子にこうして出会えたのだから、きっとまたいつか会えるはず。
時々、虫になる夢を見るはなし。
あるあるですよね。
みなさんは、何の虫になりたいですか?