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重いと言われるのが怖い、臆病な恋愛ばかり。

この人は私に踏み込んでほしくないんだろうな。私のこと好きかどうかなんて聞いてほしくないんだろうな。

私はそういうことに最初から気づきすぎてしまう。昔からそうで、だから悲しみを飲み込むことにも慣れてしまっていた。

重い女と思われたくなかったのだ。
彼女でもないくせに調子に乗っていると思われるのも嫌だった。
勘違いだよなんて言われたら、舌を噛んで消えたくなるくらい。

そういう私の臆病さが、むしろ信頼関係を遠ざけたこともあったと思う。けれど、ほとんどの場合は勘は当たっていた。

実際、私は愛情が重くて人に執着するタイプなのだ。割り切ったように見えていて、一度大事にした小さな輪の中の人はとことん仲間だから。

五歳の時には、〇〇ちゃん(友人)はまゆちゃんのじゃないよ!と別の子がわざわざ私の前に来て言い放ったし(いつも二人でしか遊んでいなかった)、高校の部活の顧問(お母さんみたいな女性)には「先生にとっては私は毎年入れ替わる生徒の一人かもしれませんけど・・・」という激オモ手紙を卒業式で渡して、「忘れないわよ」と呆れられた。

大事にし過ぎてしまう私が相手から嫌がられないようにするには、そして簡単に傷つかないように自分を守るには、隠すしかなかったんだと思う。

私が大切にされるためには、気づかないふりを覚えなくてはいけなかった。


だから、ときどき手が滑って愛情をどんとぶつけてしまった時に、相手に引かれてしまうのではないかと体が冷える。

やっちまった。ついつい本来の愛情の量を見せてしまったと、焦るのだ。

例えば留学中には、恋人の名前のヒップホップのプレイリストを作って毎日聴いていた。恋人だったけれど、付き合っていない人で、私たちは慎重に距離を保っていた。

そんなとき、彼にたまたま見られてしまったプレイリストの名前が、私の時間を一瞬止めた。ああ、重いって思われた。

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子供の頃つくっていた秘密基地の延長線上を、noteにひっそりつくります。満員電車に揺られるおとなの生…

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