マガジンのカバー画像

本についての所感

9
運営しているクリエイター

記事一覧

似て非なるもの:倉橋由美子著『合成美女』

 街も秋めいて、朝晩などはいくぶん涼しくなってきました。

 晩に窓を開けて涼んでいると、『蚊帳出づる地獄の顔に秋の風』という加藤楸邨の句を思い出します。これは男と女の織り成す地獄ですが、秋の涼しさがあれば地獄もまた住み易しといったところでしょうか。
 とはいえ、できることなら地獄とは無縁の日々を送りたいものです。

 ほかにも秋といえば、芸術の秋、スポーツの秋、食欲の秋などあげればきりがありませ

もっとみる
救済の形:ジュリアン・グリーン著『モイラ』を読んで

救済の形:ジュリアン・グリーン著『モイラ』を読んで

 久しぶりにこちらへ投稿します。

 実は本州に住まいを移しました。北の大地とは対照的な、残暑激しい土地と、そこに根付く独特な文化に戸惑いながらも何とかやっています。

 不便で仕方なかった雪ももう見られないと思うと名残惜しくなるように、日盛りにアスファルトの溶けるにおいも、いつかは好もしいものに変わっていくことでしょう。

 更新があいてしまったのは忙しかったからというのもありますが、小説を書い

もっとみる

特別な物語:ディーリア・オーエンズ著『ザリガニの鳴くところ』を読んで

 この時期になると、一年の振り返りをしたくなります。

 特に振り返りたくなることが多い一年でしたが、それはさておくとして、読書のほうでも今年読んだ本のなかで印象に残ったものを読み返すようにしています。

 今回読み返したのは、ディーリア・オーエンズ氏の『ザリガニの鳴くところ』です。

 本作は帯にあるとおり2019年にアメリカで最も売れた本であり、読んだことはなくとも名前は知っている、という方も

もっとみる

狭間にあるもの:梨木香歩著『炉辺の風おと』を読んで

 仕事で遠出しなくてはならず、吹雪のなかを片道四時間もかけて車で走ってきました。ホワイトアウトのなかを走るのは初めてではありませんが、緊張のために胃が痛くなります。眼前に雪の幕が下ろされ、一寸先も覗くことができないおそろしさ。とても慣れるものではありません。
 幸い事故もなく帰ってくることができ、日課となっている読書をしながら、こうやって穏やかな気持ちで本を読めることのいかに素晴らしいことかを噛み

もっとみる

封鎖されたのは:張愛玲著『傾城の恋 / 封鎖』を読んで

 北国に住んでいるのですが、今年はいつもと違う冬です。

 雪の多い地域では根雪という言葉がよく使われます。降ってすぐ融ける雪とは違って、春まで融け残る雪のことなのですが、いつもは十一月のうちに根雪を見るはずが、今年は十二月に入っても舗道のアスファルトが露わになったままでした。
 コロナウイルスのことを考えると寒くならないほうがよいのでしょうか。しかしながら雪のない十二月というのもしっくりきません

もっとみる

神々の戦い:倉橋由美子著『城の中の城』を読んで

 いろんな国へ渡っても、最後は生まれた場所へ戻ってくる鳥のように、気がつけば倉橋由美子氏の作品を読み返している私がいます。

 氏の作品はその時期によって文体から受け取るイメージが異なり、初期には翻訳文学を思わせる鉱物的な文章であったのが、作品を追うごとに柔らかく、植物的に変わってゆきます。そして最後の小説作品である『酔郷譚』に至っては、酒をテーマにした短編集ということもあってついに水のように滑ら

もっとみる

文字噛み砕く音のする:中島敦著『文字禍・牛人』を読んで

 この週末はいちだんと冷えこんで、私の街でもそろそろ雪が積もりそうな気がしています。

 私はもともと雪国の生まれではなく、ご縁があって今の町に住んでいるわけですが、何年もいると厳しい冬にも愛着がわいてくるものです。

 そもそも小さい頃から親の都合で転勤が多かったものですから、生まれ故郷と呼べるような町がありません。前の町ではそこが一番だと思っていましたし、今はこの雪国が一番だと思っています。ま

もっとみる

花蕊の下に冴えて在るもの:瀬戸内寂聴著『花芯』を読んで

 昨朝目が覚めると外が薄い雪化粧でした。夜中のうちに結構降ったのでしょう、家の前に白く積もっているのを見ていると街も心も一気に冬めいてくるようです。
 根雪とまでは至らぬために、昼過ぎにはほとんど綺麗に融けてしまいましたが、そう遠くないうちに本格的な冬が到来することと思います。

 そんな風で、世情と寒さに家の戸をしっかり塞がれているものですから、することと言えばやはり小説を書くか本を読むかしかな

もっとみる

禁断の遊戯:倉橋由美子著『夢の浮橋』を読んで

 私は倉橋由美子氏の作品をこよなく愛しており、折に触れて氏の作品を読み返す日々を送っています。

 コロナ禍で休みの日も家にいることが多く、氏の作品を読む機会にも恵まれているこの頃、ただ読んだだけで終わらせるのは勿体ないと思い、備忘録も兼ねてこうして所感を書き留めておくこととしました。

 あくまで所感ということですから、作品についてあれこれ批評をするつもりはありません。そもそも敬愛する氏の作品を

もっとみる