屑木夢平

くずきむひょうと読みます。小説や詩や短歌などを書いたり詠んだりしています。 自作を掲載するほか、面白いと思った本や映画などの紹介をしていきたいと思っています。

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マガジン

  • 【短編小説】ホテル・カリフォルニア

    【あらすじ】片田舎にあるラブホテル『ホテル・カリフォルニア』で、私は出会ったばかりのあなたとセックスした。孤独な二人はお互いの欠けた部分を埋め合わせるかのように付き合い始めたが、うまくはまったはずのピースにはしだいに噛み合わなくなっていく。心に寂しさを抱えつつも素直に他人を頼れない男女の恋とすれ違いを描く恋愛小説。

  • 詩・短歌

    自作の詩や短歌をまとめました。抒情・感傷がテーマになっている作品が多くあります。読んでいただけると嬉しいです。

  • 本についての所感

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【小説】ホテル・カリフォルニア#1

あらすじ 第1話:かび臭いセックス  ホテル・カリフォルニアは県道から細い道へ入った少し先の、この世の終わりみたいに暗くて寂しいところにある。いわゆるラブホテルなのだけれど、古臭くってかび臭くって、およそ愛なんて生まれそうにない。もしもこんな場所に連れこまれたら、きっと百年の恋も冷めるね。そんな口コミを書きたくなるような、素晴らしいホテルである。掲げられたネオンが光っていなければ廃墟と見紛うようなボロボロの外観は、愛とは対極の、いわば退廃の原風景だ。名前にカリフォルニアと

    • 【小説】ホテル・カリフォルニア#6

      第6話:登って下りるだけ  あなたの『たまに出かけたくなる病』が再発したのは、三ヶ月ほど前のことだ。私がソファに横になっていると、キャップを被ったあなたが上から覗きこんできた。 「山に登りたい」 「どこの山? 高尾山?」 「富士山」 「富士山は遠すぎるし高すぎる。高尾山くらいがちょうどいいと思うの」 「じゃあ高尾山にしよう」  翌週の土曜日、二人で高尾山に出かけた。私は初め乗り気ではなかったけれど、登山用のウェアやリュック、靴を買い揃えるうちに遠足前の小学生みたいに待ち

      • 短歌二十連『感傷町三丁目』

        感傷は物心ついたときから私のポケットにいつもありました。 そこに一握りの抒情が混ざったとき、出来上がった言葉たちです。 ひび割れた鏡に映る疲れ顔死んでないけど生きてないやつ 明日なるはずの私を手にかけて昨日のままの私を生きる 久方の雨にこの身を差し出せど洗い落とせぬ自殺願望 四畳半梅雨に生まれた火蜥蜴は海底の夢を独り見るなり 懐に忍ばす抒情原色のネオンにひらめき雨雲を裂く 桟橋を照らす街灯落ちる影行きは二つで帰りは一つ 団地裏潰れた駄菓子屋の前で愛されたいと泣く

        • 【小説】ホテル・カリフォルニア#5

          第5話:あなたの小箱のなかには  あなたの部屋にはよくロックミュージックがかかっていた。それも私たちが生まれるよりずっと前の曲ばかりが。歌詞はみんな英語で、学生時代に何度も赤点を取りかけたことのある私にはlove以外の単語がまったく聞き取れなかった。 「ずっと海外のロックばっかり?」 「ずっとだね。もともとは英語の勉強のために聴き始めたんだけど、いつの間にか好きになってた」  あなたは鍋の様子をうかがいながら答えた。私たちは土日にはなるべくどちらかの部屋に泊まり、家主が

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        【小説】ホテル・カリフォルニア#1

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        • 【短編小説】ホテル・カリフォルニア
          6本
        • 詩・短歌
          1本
        • 本についての所感
          9本

        記事

          【小説】ホテル・カリフォルニア#4

          第4話:惰性なんかじゃなく  あなたはなににつけてもゆっくりだが、私はなににつけてもせっかちな性格だ。たとえば食事がそう。私はどんなお店に行っても、十秒あれば料理を決められる。でもあなたはメニューを哲学書のごとく読みこみ、五分でも十分でも迷っている。そのうえ食べるのも遅いときた。いつだってそう。あなたが半分も食べ終えないうちに私の皿は綺麗になってしまって、小っ恥ずかしさをデザートにコーヒーを飲むなんてことが数えきれないほどあった。  会社の近くのイタリアンレストランでパス

          【小説】ホテル・カリフォルニア#4

          【小説】ホテル・カリフォルニア#3

          第3話:蛍とアブラムシ  愛と忍耐強さにまつわる母の言葉を、私はあなたの隣でたびたび思い出した。あるいはあなたの向かいで。あるいはうしろで。あるいは腕のなかで。  あなたは私がこれまで出会ったなかで最も沈黙の似合う人だ。こちらが油断をしようものなら一時間でも二時間でも黙っているのがあなたという生物の基本的な生態である。私と付き合い始める以前は、休日になるとずっと家にこもっていたという。ときどきは外に出るのでしょうと訊くと、あなたは薄い色の唇を最小限の範囲で動かして言った。

          【小説】ホテル・カリフォルニア#3

          【小説】ホテル・カリフォルニア#2

          第2話:愛し合うために必要なこと  私には父がいない。といっても、死に別れたとか、よその女に寝取られたとか、そんな壮絶な過去があるわけではない。単に両親が離婚したのだ。世の離婚の多くがそうであるように、母が父に愛想を尽かした。ただそれだけのこと。 「あの人と別れようと思う」  母にそう告げられたのは、私がちょうどあなたと付き合い始めたころである。電話でだった。ふだんあまり実家に連絡をいれなければ、帰省することもほとんどない私は、母が三年前から父を「あの人」と呼んでいるこ

          【小説】ホテル・カリフォルニア#2

          小泉綾子著『無敵の犬の夜』感想

           読んだあと、思わず走り出したくなるような本でした。  主人公の界は祖母と妹の三人で暮らす男子中学生である。幼少期に事故で指を失った過去は思春期の少年に暗い影を落とし、彼は指の話をされることをひどく嫌っている。  将来に対する希望も持てず、ただ悶々と"いま"を生きる界。教師にも指のことを馬鹿にされ、ついには学校にも行かなくなり、そこに未来はないと知りつつも不良たちとつるむのをやめられない界の絶望が肥大化していく過程は読んでいて辛かった。  そんな彼を救ってくれたのが、イケて

          小泉綾子著『無敵の犬の夜』感想

          映画『Cloud クラウド』感想~集団狂気の成れの果て~

           私は黒沢清監督の映画がとてつもなく大好きで、新作が公開されたらなるべく劇場で観るようにしている。最初に観たのは『回路』で、怖すぎて泣いたし、何ならいまでも観たら泣く。  このたび監督の新作『Cloud クラウド』を観てきたので、感想を書きたい。 ※極力ネタバレはしないように気をつけますが、ある程度内容に触れるため、前情報をなるべく入れたくない方はご注意ください。 1.あらすじ 菅田将暉さん演じる主人公・吉井はクリーニング工場で働きながら転売ヤーとしても稼いでいる。まあ良い

          映画『Cloud クラウド』感想~集団狂気の成れの果て~

          2022年1月2日:年が明けて

           あけましておめでとうございます。  この4月に名古屋へ引っ越したのがついこの間のように思われますが、お雑煮のお餅を食べながら、年が明けたのだなとしみじみ感じています。  昨年は新しい土地に移り住んだこともあり、けっこう大変な一年でした。でも、新しい出会いもたくさんあって、終わってみると良い一年だったとも思います。日々を生きていると、いまこの瞬間がいちばん辛いのだと思いがちなので、本当に良い時間だったかどうかはいつも過ぎ去ってみないとわからないものですね。  今年は物語

          2022年1月2日:年が明けて

          似て非なるもの:倉橋由美子著『合成美女』

           街も秋めいて、朝晩などはいくぶん涼しくなってきました。  晩に窓を開けて涼んでいると、『蚊帳出づる地獄の顔に秋の風』という加藤楸邨の句を思い出します。これは男と女の織り成す地獄ですが、秋の涼しさがあれば地獄もまた住み易しといったところでしょうか。  とはいえ、できることなら地獄とは無縁の日々を送りたいものです。  ほかにも秋といえば、芸術の秋、スポーツの秋、食欲の秋などあげればきりがありませんが、やはり本好きの私としては読書の秋が欠かせません。  今回ご紹介するのは、

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          コンビニで下着と歯ブラシを買ってひとの家のパジャマを着て寝る

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          救済の形:ジュリアン・グリーン著『モイラ』を読んで

           久しぶりにこちらへ投稿します。  実は本州に住まいを移しました。北の大地とは対照的な、残暑激しい土地と、そこに根付く独特な文化に戸惑いながらも何とかやっています。  不便で仕方なかった雪ももう見られないと思うと名残惜しくなるように、日盛りにアスファルトの溶けるにおいも、いつかは好もしいものに変わっていくことでしょう。  更新があいてしまったのは忙しかったからというのもありますが、小説を書いていたためです。  こちらでは瀬那祈という名前で活動しておりますが、来栖翠という

          救済の形:ジュリアン・グリーン著『モイラ』を読んで

          エスカレーターに乗れない人々

           新しい年が明けた。  星がいつもどおり運行して、明日が今日に変わっただけなのに、そこに一月一日という名前がつけられるだけで世界そのものが変わってしまったかのな錯覚をおぼえる。  そういう心持ちでいると、自分自身にも何らかの変化を求めたくなるもので、どうせ長くは続かないとわかっていても新しいことに挑戦してみたくなる。そこで新年早々、新しいことを始めてみた。  といっても、大それたことではない。巷で話題の『鬼滅の刃』のアニメを観たというだけのことである。  私はもともと

          エスカレーターに乗れない人々

          あけましておめでとうございます。今年も昨年と変わらず、書き続け、読み続ける年になると思います。私のつくりあげたものが、誰かの心に届くことを願って。よろしくお願いします。

          あけましておめでとうございます。今年も昨年と変わらず、書き続け、読み続ける年になると思います。私のつくりあげたものが、誰かの心に届くことを願って。よろしくお願いします。

          特別な物語:ディーリア・オーエンズ著『ザリガニの鳴くところ』を読んで

           この時期になると、一年の振り返りをしたくなります。  特に振り返りたくなることが多い一年でしたが、それはさておくとして、読書のほうでも今年読んだ本のなかで印象に残ったものを読み返すようにしています。  今回読み返したのは、ディーリア・オーエンズ氏の『ザリガニの鳴くところ』です。  本作は帯にあるとおり2019年にアメリカで最も売れた本であり、読んだことはなくとも名前は知っている、という方もいらっしゃるのではないでしょうか。  著者のディーリア・オーエンズ氏は動物学者で

          特別な物語:ディーリア・オーエンズ著『ザリガニの鳴くところ』を読んで