【書籍紹介】「儲けの科学 The B2B Marketing」庭山一郎 著
B2Bマーケティングに関し、体系的に学べる書籍を探していたら、本書に辿りつきました。
著者の庭山一郎氏は、シンフォニーマーケティング社の創業者であり、日本におけるB2Bマーケティングの草分け的存在。グローバルMA(マーケティングオートメーション)ツールの代理店となっている関係で、米国のツールベンダーとの幅広いネットワークを有し、また、ABM(アカウントベースドマーケティング)を日本に広めた第一人者とも言われています。
本書で解説されている米国のB2Bマーケティングの歴史、特にMAツールの歴史については極めて詳細に書かれており、本書を読めばすべてが理解できる貴重な1冊となっています。
著者は、ものづくり、マーケティング、営業の高度な連携によって奏でられるハーモニーのような全体最適を目指すマーケティングオーケストレーションを提唱しています。定義は、以下の通り。
本書では、マーケティングオーケストレーションとは何であり、なぜ必要なのか、どの様に実践していけば良いかを具体的に解説しています。日本のB2Bマーケティングが欧米に比べて10年以上遅れている背景として、長らく既存の大口顧客の受注を待っていれば良かった。そこにマーケティングは必要なく、接待やゴルフを通じて顧客と仲良くなり、失注しないことが最も重要であったと指摘しています。
その結果、米国で起きた3つの革命に乗り遅れてしまった。3つの革命とは、以下の通り。
1990年代に起きたデマンド革命。
2000年代に起きたMAに代表されるマーケティングテクノロジー革命。
2020年代に起き現在進行中の生成AI革命。
デマンド革命に先だって、1980年代にSFA(セールスフォースオートメーション)ツールが登場しました。ところが、当時はパイプラインマネジメントに馴染みがなく、第一世代のオニキス(ONYX)やクラリファイ(Clarify)は、普及に至りませんでした。
その後、上場企業の四半期業績報告の精度を高める米証券取引委員会からの締め付けが厳しくなり、それが第二世代であるシーベル(Siebel)やヴァンティブ(Vantive)の普及を後押ししました。
シーベルは、元オラクルのトップセールスだったトーマスシーベルが立ち上げた製品。そして、このシーベルを活用しパイプラインマネジメントを進化させ、最も成果を上げたのがIBMです。ちなみに、現在SFAで最大のシェアを誇るセールスフォースの創業者マークベニオフもシーベルの創業メンバーの一人です。
こうしたSFAの普及を背景とし、1990年代にデマンド革命が起きます。その立役者はシリウスディシジョンズ社。ガートナー社出身のリッチエルドとジョンネーサンにより2001年に創業。同社は、2020年にフォレスター社に買収されるまで世界のB2Bマーケティングを牽引します。
同社が2007年に発表したデマンドウォーターフォールは世界のB2Bマーケティングのスタンダードモデルとなりました。現在は買収先のフォレスター社がレベニューウォーターフォールとして展開しています。
世界中のB2Bマーケターが日ごろ使っているMQL(マーケティングクオリファイリード)、SGL(セールスジェネレーティドリード)などは、このモデルの中で定義された言葉です。
シリウスディシジョンズにはデマンドウォーターフォール以外にも、販売代理店活用のPRM(パートナーリレーションシップマネジメント)、人材育成のHR(ヒューマンリソース)、セールス強化、研究開発や設計などプロダクト部門への支援や、そのプロダクト部門と、マーケティング部門やセールス部門との連携をテーマにしたアラインメントなどの専門アナリストチームが存在し、そこがマーケティングやセールステクノロジーのインキュベーションの役割も果たしていました。
そうした中の一つがMAでした。 1990年代の終わりごろに米国で起きたデマンド革命を、トロントから眺めていた2人の若者がいました。マークオーガンとスティーブンウッズです。彼らは当時チャットシステムをつくって米国市場向けに販売することを考えていました。その市場調査の過程で、彼らの目に米国のダイナミックなデマンド革命が飛び込んできたのです。彼らはそのデマンドジェネレーションのプラットフォームに、自分たちのビジネスチャンスを見いだしました。
当時、デマンドジェネレーションは驚くような成果を上げ、多くの企業がデマンドセンターと呼ばれる組織をつくり、パイプラインの中の案件を増やすミッションを与えていました。しかし、それに適したプラットフォームとなるシステムはまだ存在しなかったのです。 そのため当時の米国のマーケターたちは、データの整理や加工はエクセルで、メール配信はメール配信ツールで、フォームはCGIをプログラミングし、分析はBI(ビジネスインテリジェンス)ツールで、ランディングページはCMS(コンテンツ管理システム)で、と多くのツールを組み合わせて使わなければならず、CSV形式で個人データを移動するのも、とても面倒で危険な作業でした。
マークオーガンとスティーブウッズは、マーケティングに従事する人々を、この煩雑でリスクの高い作業から解放するデマンドジェネレーションのプラットフォームをつくりました。こうして、2000年に世界初のMAであるエロクア(Eloqua)が米国で発売されました。
エロクアがより大規模企業向けに進化していったのに対し、中小企業向けに2007年に投入されたのがマルケト(Marketo)。現在は、アドビ製品になっています。安くて操作が簡単なエロクアですを謳い文句に中小企業市場でポジションを築きました。
更に、同じ2007年に小規模企業をターゲットにしたハブスポット(HubSpot)が市場投入されました。低価格のセルフ型がコンセプト。ユーザーが自身で学べるように機能や操作の説明にとどまらず、マーケティング理論やコンテンツづくり、SEOなどの学習コンテンツを豊富に提供。これが、ハブスポットのファンづくりやユーザーコミュニティ形成に繋がっていきます。
こうしたMAの登場と普及がマーケティングテクノロジー革命を主導しました。
生成AI革命は現在進行中。日々、新しいテクノロジーやツールが登場していますが、著者は、最終的にはオープンAIの株主でもあるマイクロソフトが覇権を握るのではと予想しています。
2009年のリーマンショックを契機に、既存の顧客から契約を打ち切られるという事態が発生し、日本のB2B企業も新規顧客獲得の必要性に駆られ、マーケティング部門の設立に動きました。
ものづくり、セールス、マーケティングが高度に連携し、相互にリスペクトすることで成果に繋がります。お互いをリスペクトした専門家集団が、同じ情報をリアルタイムにシェアしながらハーモニーを生み出し、それによって新たな市場を獲得し、既存の市場の守りを固めているのです。さながら、いくつものパートからなるオーケストラが、指揮者のタクトに合わせて荘厳な交響曲を奏でるかのごとく。
しかしながら、日本では、この営業とマーケティングの連携がうまく行かないケースが多いのです。事業部門ごとに社内で垂直統合されていて、営業部門は社内で事業部の壁を越えて顧客情報を共有できていません。顧客からすると商品ごとに同じ会社から異なる営業担当が来るので、もっと社内で連携して欲しいとなります。
従って、各事業部門で個別にマーケティングやセールスのツールを導入するので、同じ社内でも顧客情報の共有が進みません。こうした状況下、営業にとって、新設のマーケティング部門は自分たちの仕事を増やす胡散臭い存在でしかありません。
本来であれば、こうした社内の異なる事業部門や営業とマーケティングを繋ぐ指揮者の存在としてCMOが必要なのですが、日本企業においてCMOを設置しているケースは稀。日本企業の最大の弱点がここにあり、最も必要なのがマーケティングオーケストレーションであると著者は主張します。
B2Bビジネスにおいては、マーケティングが需要創造とリード獲得を行い、営業がクロージングをするという構造である為、営業の信頼を得られないマーケティング担当者は活躍できません。また、営業部門が社内政治的に強いケースが多く、マーケティング部署の人員をマーケティングの専門家で固めてしまうとうまくいきません。営業との連携をスムーズに行う為、人員の半分は営業出身者で占めるべしと著者はアドバイスします。
日本の営業は管理すべき対象ではなく、寄り添うべき功労者。営業を増やさずに売上を上げるには、デマンドジェネレーションというマーケティングが唯一の道であると著者は説きます。
また、営業とマーケティングでは、そもそも見ている景色が異なっているので、単なる精神論ではなく、それぞれのインセンティブに基づいた組織設計が求められると著者は指摘します。
CMOは、マーケティングに関わるすべてのことに関し、指揮者としてリードすることが求められるのですが、それに加え、社内のマーケティングに対する理解度をあげることも重要なミッションの1つであると著者は説きます。欧米では経営幹部でマーケティングの重要性を理解していない人は居ないので、CEOを含むトップマネジメントチームにマーケティングを理解してもらうミッションは日本独自と言えます。
例えば、B2Bマーケティングパラドックス問題があります。企業がマーケティング部門を作って取り組み始めると、MAを導入し、イベントに出店してセミナー、ナーチャリングと呼ぶ見込み客の育成、コンテンツ制作など投資を一気に行うことになります。
ところが、B2Bマーケティングは営業のリードタイムがあるから、受注に至るまでには相当な時間がかかる。その間にROIを評価されたら、リターンゼロで最悪です。逆にB2Bマーケティングに着手しなければもちろんリターンは同様にゼロですが、投資もしていないのでROIは悪くならない。導入期はお金ばかりが出ていって、やらない方がよかったと、社内でやり玉に挙がってしまうことが少なくないのです。
以上となります。B2Bマーケティング一筋で、国内外の事例に精通し、かつ、現場経験も豊富な著者の知見が凝縮された本書の内容をすべてお伝えするのは困難につき、ご興味もった方は、是非、本書をお読みください。